01/07/31~02/12/31


2002年をふりかえる(2002/12/31)

「期待と裏切り」と経験との関係(2002/12/13)

「孤立と自立」、ストレス考(2002/11/11)

無意識とコミュニケーション(2002/11/01)

歌の素晴らしさ、本質を知る(2002/10/23)

「今、ここ」にいることとは…(2002/09/29)

地球は今…<急がれる意識の転換>(2002/09/18)

時に人は…(2002/08/23)

私達に出来ること(2002/07/31)

思考と現実(2002/07/10)

息抜いて、生き抜く(2002/04/10)

生と死とを考える(2002/03/07)

自分の殻(2002/02/21)

星を見上げること(2001/11/21)

混乱を巻き起こすこと、そして循環(2001/10/29) 

自然摂理とサイクル(2001/10/26) 

”あたりまえ”のこと(2)(2001/10/26) 

「他者への奉仕」「慈しみ」「感謝」(2001/10/22) 

恐れに根ざすということ(2001/10/20) 

青い海と青い空、そして・・・(2001/09/30)

『脳の右側で描け』(2001/08/18) 

”あたりまえ”のこと(2001/07/31) 

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2002年をふりかえる

 一年を振り返っていつも感じること。「あっという間だった!」
よく時間の感じ方を、短いと感じるということはそれなりに充実していたんだ。と表現するようだがほんとうにそうなのだろうか?短く感じようが長く感じようがそれは々でも良いような気がする。
大事なのはどういうことを経験し、その経験によって自分がどれだけ成長できたかということにあると思う。
苦労をしたって、それが単なる疲労に終わるか、それが次へのステップになるかはそれも自分次第。
その出来事をどう自分に役立てていくのかと言うことにおいては自分の意志、意図が大事なのではないかな。
僕の今年一年はどんな意味があったのだろう?
出来事をとおして考えてみる。大きくは今年前半、神経系統を患ったことがあり、仕事もしばらく休んでいた。とにかく辛い毎日だった。この状態を抜け出せて、少しでも希望が見いだせたならどんなにかこの人生は有意義なものとなるだろう…
それに僕のためにいろいろなサポートの手を差し伸べてくれた人々、家族、友人、知人…への感謝の気持ち。
そんな思いでいたのにいつしか忘れてしまって、平々凡々の毎日を今日まで過ごしてしまった。
「のど元過ぎれば熱さ忘れる。」ではいけないんだろうな。この経験が僕にとって意味のあるものになるかならないかは、やはり僕自身が決めることになるのだから。

(2002/12/31)

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「期待と裏切り」と経験との関係

 私たちの経験において、幸せな経験や嫌な思いをする経験等さまざまあるとおもうが、何によってその経験は決まるのだろうか?
ただ単純に出来事が自分の目の前にやってきてそれを経験しているのだろうか?もしそうならば、同じ出来事に遭遇した2人の経験はまったく同じということになる。さて…
でも、きっとそんなことは無いだろう。
私たちは、瞬間瞬間の出来事に対して答えを与えている。そう、何かを決めているのだ。
 私は以前にこんな経験をしたことがあった。
わりと混み合う電車内、幸運にも座席に座ることができた。しばらくすると荷物を重たそうに持って、足下のおぼつかない状態のお年寄りが私の関の目の前に立ち、こっちにヨロヨロ、あっちによろよろしはじめた。それを見た私は、「どうぞ」と言って席を譲った。
しかし、そのお年寄りはありがとうやすみませんの一言あるわけでなく、当然!というような態度で、席に座った。
いく駅か過ぎたところでそのお年寄りは降りていったが、その時にも目も合わせずに降りていった。
この時私は、そのお年寄りの態度にとっても嫌な思いがした。
 では、私はなぜこの嫌な思いをしたのだろう?
私はその時、なにを決めているという意識があったわけでなくそこにいたわけだが、それでもやはり何かを決めていたのだ。
きっとこんなこと…
・席を譲ったのだから、当然私は感謝される。
・お年寄りは腰が低いもの。
・良いことをしたら、見返りがある。
ほかにもあるかもしれないけれど…こんな自分に気づいた。
無意識的にこんな決め事を持っていたのだ。
私は自分自身の決め事に対して相手が返してきた態度がそぐわないという、その事に不快な思いをしたのではないだろうか。つまり、期待を裏切られたのである。
しかしながら、その期待は私が勝手に抱いたものであり、それに対して相手がその期待に応えねばならない義務はない。
ある意味、相手が期待に応えるべきだという考えは欲では?
人間が幸せになるために捨てるべきものが”欲”だと色々な宗教でも言われている。
欲を捨て去ることが幸せに繋がる近道かもしれない。
自己本位な考えを改め、他者本意の行動ができるようになったときに真の幸福感を得ることができるのかもしれない。
もし、さきの私の経験において、「だたそのお年寄りが喜んでくれればいいんだ。」という意図で席を譲ったのならば、きっと何らの嫌な思いをすることもなかったのではないだろうか?そこには期待はない。
 私たちは自分が決めたことに基づいて、現実を経験しているのだ。それは、自分の過去の経験上から決めたこともあるだろうし、小さな頃から親に教えられてきたことかもしれない。経験上 の事であれ、親の教化であれいずれにしても自分自身が「それ」を受け入れて決めたことなのである。
自分が決めていることに気づくことで、私たちそれぞれの経験の理由が見えてくるのかもしれない。

(2002/12/13)

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「孤立と自立」、ストレス考

 人の持つ欲求としてマーズローによれば生理的欲求、安全の欲求、帰属欲求、尊厳の欲求、自己実現の欲求があると言われている。
その中の帰属欲求とは自分が集団に属していたいという欲求、言い換えれば集団所属欲だ。さらに言い換えれば孤独にはなりたくないということである。
欲求が満たされなければストレスを感じる。このことに照らしてみれば当然、孤独な状態ではストレスを感じる。

先日目にした記事で下記のようなものを見つけた。

−米国の犯罪心理学の本に、中国系アメリカ人の犯罪が少ないのは、彼らが大家族という環境を重視するからだ、と書かれていました。大家族の中では、その一員が孤独になる場合が少なく、相談相手に恵まれているからでしょう。
 戦後、世界有数の経済大国にのし上がった日本は、そのしわ寄せに大切なものをたくさん失いました。子育てについ
ても、その方法は、かなり以前から危険信号が点滅しています。米国の核家族現象は、「自立」を目指した家族個々の
意欲的な成長発展の歴史とともにありますが、日本の場合、米国型核家族の表面だけを似せた模倣にすぎないのです。
 例えば、日本の子ども部屋は「勉強と自立」の名目で作られているはずですが、必要な親の介入が少なく、自立が孤
独に置き換えられ、親子のコミュニケーションを妨げる閉鎖的な「ハチの巣砦(とりで)」になっている場面も多く見られま
す。米国の子ども部屋は常に開かれた状態で、家族の生活主体は居間にあります。その居間こそが、親子の”核分裂”を起こさせるための教育の場となっており、子どもたちは勉強などの目的が無ければ、自室に入ることは許されません。 そして、親の目と責任で、子どもが一人前になったと判断されたとき、初めて子どもに部屋のかぎが与えられるのです。日本で、子どもの自立を妨げているのは、このように自由をはき違えた安直な物まねが原因なのです。−

というもの。なるほど、ふむふむと思った。
当たり前のことだけれども改めて思った。”孤立”と”自立”は違うのだ。自立のつもりで、実は孤立化していたり…なんてことは意外に多いのではないだろうか。

 ひところ流行った「キレる」現象もその原因は子供達のストレスが大きく関わっているといわれている。
日本の自殺者数が交通事故死者の数を超えたり、鬱病患者数が増大していたりと…
現代日本社会の歪みを作りだしているのも個々のストレスが関わっているということも間違いないのではないだろうか。
 また、先日何気なくラジオを聴いていると、ストレスをためないコツは、「こまめに人に話し、聞いてもらうことだ。」と言っていた。やはり自分の抱えていることを聴いてもらえるだけでも少しは楽になれるというのは本当だろう。コミュニケーションのない状況下では様々な弊害を生む。考えの幅が狭くなり固執し、悲観的な考えに浸ることが多い。すると”怖れ”が生ずる。恐れに支配された状況においては被害者的な意識に陥り、他者への攻撃や引きこもりなどの状況に至ることもあるからだ。

 現代はストレス社会であるとよく言われる。
これからの時代を生き抜くには、ストレスマネジメント(ストレスを管理する)が重要になるのは必至だ。
私たちは様々なかたちのストレスの脅威にさらされている。人間関係、仕事、テクノストレス等々・・・
まずストレスとは何かを知ること、ストレスを解放する方法、ためない方法、ともっと自己のストレスケアに注意を向けていくことがこれからは必要になる。
 僕も自分自身のストレスについてもっともっと知る必要があるし、他者のストレスケアとも何らかの関わりのある今の仕事としても、ストレスとの関わりは大きいところがある。
”ストレス”のもたらすものはあらゆる意味で大きい。
すでに警鐘は鳴らされている。

(2002/11/11)

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無意識とコミュニケーション

 つい先日、家族でハワイへ4泊6日の旅行に行ってきた。
初めてのハワイ、下調べも十分ではなかったのでスムーズには行動できなかったのが残念だったが…
子供が行きのフライトですっかり風邪をひいてしまい、ビーチには一日しか行かなかったがその分色々なところをまわってみた。ホノルル動物園、ホノルル水族館、ディナークルーズ…とってもよかったのはうちの娘(2歳)がとても喜んでくれたことだった。楽しむっていうのはこういうことなんだなぇと不思議に感心してしまうくらい。
また、子供って「すごいなぁ!!」と思ったことがあった。
ハワイは日本人だらけだーなんて聞いたとおり確かに日本人は多かった。しかし、あたりまえなのがだやはり外国なので外国人は至る所にいる。
うちの娘は、日本人や外人の区別なく当たり前のように声をかけて近づいていくのだ。言葉も通じない現地の女の子に「何してるの?」なーんて。
でも以外や以外、そのコミュニケーションは上手くいってしまうのだ。うちの娘は日本語で、相手はその国の言葉で。
すぐに仲良くなってあたりを二人してかけずり回る…
こんな光景は一度や二度ではなかった。水族館でも、数人の外国の子に声をかけて仲良くなっていた。
 私たち大人は、おそらくうちの娘と同じようなことはできないのではないだろうか?物怖じしてしまったり。
私たちは無意識のうちに「言葉が通じないからコミュニケーションがとれない…」とか「外国人とはコミュニケーションがとりにくい…」とか思ってそう決めてしまっているのではないのだろうか?意識的なのか無意識なのかは別として、そういったものを知らずに身につけてしまって実際にハードルにしていることは間違いない。
それが、そういう決めごとのない子供は自由に、そう、当たり前のようにコミュニケーションを取ろうとするのだ。
こんな光景を見て微笑ましい思いをしただけでなく、なにかの感動さえかんじた。素晴らしい!って。
また、うちの子も年を重ねるごとに、僕らと同じようになってしまうのか…と考えると少し寂しい気もする。そうならないようにしたいものだが。
 また、この旅行の最終日にディナークルーズにいった。客船で生バンドの演奏を聴きながらディナーを楽しむ…優雅でいいなーということで。ちょっと高かったけど旅の思い出にと。
そこでも、うちの娘はとても楽しんでいた。生バンド演奏が始まるともうノリノリ。リズムに自然に身体が動いてしまう。
さらにさらに…
バンドのステージ前は、広く空いていて、ダンスができるようになっているのだが、うちの娘はなんら、物怖じするどころかスタスタとみんなの前に出て行き体をくねくね、笑顔で踊り出した。これにはみんなが微笑ましいと顔をほころばせていた。
これまた、子供ってすごいなぁ〜と思い知った。すべて自然なんだよなぁ。
目立とうとか注目を集めたいとかそういうのでもなく、リズムに乗って楽しんでいる。その延長でみんなの前で踊っちゃう。僕にはまねできないね〜。なにか羨ましさも感じた。
人にどんな風に思われるのだろう…とかそんなこと恥ずかしいことだとか…きっとそんなことを無意識のうちに思ってしまうんだろうな。
 こう考えてみると、自分にとって不利な。いや楽しみを自ら放棄してしまうような無意識の決めごとをいくつも持っていることに気づく。きっとこれらのうちのいくつかを手放せればもっと人生が楽しくなるのに…とそう感じた。
今回の旅行では娘から色々なことを学んだ気がする。

スナップショットをどうぞ。

(2002/11/01)

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歌の素晴らしさ、本質を知る

 このたび初めて美輪明宏さんのコンサート、『美輪明宏音楽会〈愛〉』に行ってきた。
本当に愛の波動に満ちた素晴らしいものだった。
美輪さんの著書を何冊か読んでいるが、どれもみな本質を突いた素晴らしい洞察と発想だと感じていた。そして「美」をとことんまで追求している。
いつしか心引かれるものが芽生えてきた。そんなことから今回のコンサートに行ってみようかと思い立ったのだ。
 今までに歌を聴いて感動したことはある。しかし、今回は完全に別格だった!
「ヨイトマケの唄」を聴いたとき、心が熱くなり、自然に涙があふれた。僕にとっては歌を聴いて涙が出たことということは初めての経験だった。僕の身体全体で細胞が振るえた。
そしてその時に感じたことは、「歌は波動なんだ」。
また「詞や曲、歌声とどれも別々に考えることのできないハーモニーなんだ」と。
 美輪さんは何事にも「情念」が大事だと唱えている。「その情念の波動がお客さんに伝わるだけなの」と言う。
今回のコンサートで芸術とは何か?ということにまで及んで得られたような経験をした。
「美」に触れることは自分の魂の栄養になるし、希望のようなものも得られるようだ。
普段の生活に疲れてきたら、気分転換にでも様々な芸術に触れてみることは役にたつのではないだろうか。
新しい音楽の楽しみ方を知った有益な一日だった。

(2002/10/23)

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「今、ここ」にいることとは…

「今にここいる」、「Be here now」・・・ いろいろな言い方はあろうが、これは自分の現実をよりよく築くための法則なのだ。
時間は「今」、空間は「ここ」にいることは、いま私が生きている厳然たる事実なのだ。つまり私がこうして生きている時間はいつでも「今」であり、場所はいつでも「ここ」なのだから。
しかしながら、私たちの意識はいつも「今、ここ」にいるだろうか?
過去に囚われてみたり、未来を案じてみたり… そんな時は「今」にはいないし、ここにもいない。
 私たちは創造エネルギーをもって現実を創り出している。しかしその現実創造がもっともうまく働くタイミングが「今、ここ」だということ。
そして、創り出した現実を経験し、魂の成長へとつなげる。
「今、ここ」で現実を創りだし、「今、ここ」で経験をする。このスタンスは、ありのままを経験するということそのものだ。

 「今やるべきことは、今やってしまおう。」これは今を生きるスタンスだ。
このコーナー、まいるーむに載せようと、今までに何度も閃きのようなものがあったにもかかわらず、私は「後で」「今忙しいから」と後回しにしてきた結果、掲載できずに忘れ去られてしまうことが多々あった。そのため数ヶ月を空けてしまうことにもなってしまったり。
これからは今やることを今やるスタンスで生きたいものだ。ということで今こうしてキーボードを叩いている。

 また、「今にここいる」ことで、現実を十分に経験することにつながる。
今あることへの抵抗を止めて、現実逃避を止めて、十分に経験することで新たな展開へと開けていく。

(2002/09/29)

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地球は今…<急がれる意識の転換>

 先日の2002年9月9日、練馬文化センターで行われた高木善之さんの講演会に行って来ました。
ご存じの方も多いとは思いますが、高木さんは国連登録のNGO団体であるネットワーク地球村の代表をされています。
 からの公演を聴くのは3度目になりますが、毎回大きな衝撃を受けるのと同時に私たちの責任を感じずにはいられなくなります。
今回ここで書かせて頂く内容を多くの人達に伝えたいという思いでいっぱいです。

”大切なのは、まず事実を知ることです。
できることから始めることです。
そして事実を知らせることです。
意思表示をすることです。”

知りましょう!世界と日本の現状を。

【ゴミ問題】
 日本は企業の製造責任や市民のゴミ有料化が徹底されていないため、世界でもっともゴミの焼却炉が多い国となっているのです。この数の違いに驚きませんか?(ドイツ50、アメリカ170、日本1,900)
ゴミの根本的な削減が行われていないため数年で飽和状態に陥る。

先進国(環境先進国という意味の)では企業の責任や市民のゴミ有料化によってゴミを大幅に削減することに成功した。
ゴミ削減の原則は”4R”
Refuse(やめる)、Reduce(減らす)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)
みんながこの4Rを心がけることによって変われるのだ。(ゴミが少なくなるような買い方、使い方をする)

私たちの身の回りにあるスーパーなどの売り方の現状を再認識してみましょう。何かを買えば必ずゴミが出るような売り方をしていないでしょうか?環境先進国ではバラ売りが当たり前。本来必要な分だけ買えばいいのです。
これらの国では単価の違う野菜や果物をバラ売りしています。そこには監視の人がいるわけではなく、個人の責任に於いて近くに設置されている量りに、単価を打ち込んでものの値段を決めます。そしてレジではそのままを打ちます。お店とお客は信頼関係で結ばれているのです。はたして日本はどうなのでしょう… まず考えるのが、お客は正しい単価を打ってレジに持ち込んでいるか?不正はしていないか?こんなことを問題とするのではないでしょうか。

【ダイオキシン汚染】
塩化ビニール(パック、ラップ)などの塩素を含むプラスチックを燃やすと猛毒のダイオキシンが出ます。先進国ではゴミ焼却場排気ガスには厳しい基準があるが日本ではその800倍という甘い基準でいる。ゴミ焼却場から高濃度のダイオキシンが発生し各地で汚染が深刻。
 先進国では農地、食品にも厳しい規制があります。(農地基準10ピコグラム)しかし日本ではその100倍も甘い1,000ピコグラムです!
 解決には私たちの意思表示が必要。ダイオキシンを発生させる商品は買わないこと。この小さな行動が世の中を変えるきっかけになるのです。買わなければ企業はなんらかの対策を講じるはずです。

【環境ホルモン】
精神面に影響…ストレスで過剰反応、精神不安定、狂暴化(キレる、ムカつく)、妊娠初期の胎児に極微量で決定的な悪影響、発ガン性(精巣ガン、卵巣ガン、乳ガンなど増加)、奇形、精子減少、生殖器異常、生殖不能、日本で男子学生を調査⇒受精能力は34人中1人のみ(98年3月9日 朝日新聞)  
このままで進むとあと10年、20年で子供が生まれなくなる可能性も!本当に怖いです。

原因は環境ホルモンだと言われています。
生物の成長や性別、生殖能力をつかさどるホルモン作用を化学物質がかく乱することが分かってきた。
生物の身体、行動、精神、生殖などの機能に障害を与える→「最大の環境問題」「最後の環境問題」とも言われている

環境ホルモンとなる化学物質は現在判明しているものは、約70〜100種類でなお増えつつある。
農薬・殺虫剤、DDT、PCB、ダイオキシン、船舶の塗料(有機スズ)、フロンの代替洗浄剤(ブロモプロパン)
 じつは、身近な品物からも検出されているのです。プラスチック製品、カップ麺の容器(スチレン)、缶の内側のコーティング、哺乳ビン、食器(ビスフェノールなど)、ビニール玩具、ラップ類、塩ビ製品(フタル酸エステル)、合成洗剤(界面活性剤)、酸化防止剤、防腐剤、殺菌剤、乳化剤、歯の充填剤(ビスフェノール)、合成ホルモン剤(ピルなど)、産廃処分場の侵出水からも30種以上の環境ホルモンが検出
 これまでの毒物と異なる点は、非常に微量(プールに目薬一滴程度)で決定的なダメージ、妊娠初期の胎児などに影響大。微量のホルモン剤の服用でも奇形などを引き起こす。母乳を飲む赤ちゃんが、母親よりも高濃度に汚染。生態濃縮により食物連鎖の上位のものに影響大→食肉は大変危険なことになります。

世界各国での対策は…1991年、世界の科学者が化学物質によるホルモンの攪乱、性発達の異常を指摘(ウイングスプレッド宣言)。10年以上前に指摘されているんです。
・アメリカ…最優先課題と位置づけて、化学物質の使用禁止など規制を開始
・イギリス…環境庁は工業界に対し、環境ホルモン対策を勧告(98年1月)生殖に影響する化学物質排出規制を1999年までに制定
・スウェーデン…化学物質使用規制法を制定中。オモチャは塩ビ製から木製に(ドイツ・デンマークなど)

日本の現状といえば、ダイオキシンの規制は800倍甘い基準!ポリカーボネイト製(PC)子供用食器から、日本の基準値以上の環境ホルモン物質を検出、回収 ⇒一部メーカーは廃止を決定(平成10年4月12日毎日新聞)
全国の小中学校で五千校以上がPC食器をすでに導入
鹿児島県伊集院町、福島県 双葉町、喜多方市などは、強化磁器や漆器に切換え
あなたの町がダイオキシン問題に未対策であれば、声を上げるべきです。

私たちにできることは”基本は使わないこと、減らすこと”
プラスチック製品の使用を避ける、合成洗剤、中性洗剤を使用しない。
無農薬野菜を選ぶ。酸化防止剤、防腐剤などを含む加工食品を買わない、食べない。魚類・肉類(脂肪分)を避ける(脂肪にとけやすい性質のものが多い)

【地球環境問題】
大気中の二酸化炭素は保温効果があり、濃度が上がれば平均気温が上昇。 過去16万年は安定;200ppm(氷河期)〜280ppm(温暖期)
石油、石炭を燃やす現状の経済のため、二酸化炭素が急激に増加している。 現在では360ppmを越えた。
(この差80ppmは氷河期と温暖期の差と同等)

地球温暖化の予測をIPCCが報告しているのは驚くべきものです。
100年以内に平均温度は約6℃上昇(過去100年で0.5℃上昇)、気候変動に対応できない森林の枯死、二酸化炭素増加、温暖化の加速、永久凍土の融解でメタンガスの大量放出、温暖化の加速、農業に大きな打撃、世界的な食糧危機
50cm〜1mの海面上昇
低地の水没、モルジブなど40ヵ国は国土の大半が水没、環境難民は数億
農耕地の水没、塩害の増加 ⇒ 世界的な食糧危機
異常気象、降雨量の変化などで砂漠化と洪水
マラリア、コレラなどの感染症の増加
※さらに南極の氷床の崩壊により5m前後の海面上昇の可能性

ツバルという国では国土が海面上昇により住めなくなりつつあります。

日本では(平成9年度 環境白書)
1mの海面上昇で日本の砂浜の約9割が失われる→ゼロメートル地帯に生活する410万人、資産100兆円に影響
台風の巨大化により高潮をはじめとする被害の増加、ブナ林をはじめとする多くの森が消滅→多くの生物種が絶滅
異常気象により農業に打撃 ⇒ 食糧輸入国、日本は深刻な状態に。マラリアなどの感染症、熱射病の増加

さらなる危険性としては、すでに南極は2.5℃上昇、今後100年で10℃上昇
南極の氷(面積は日本の40倍、厚さ2,500メートル)が解けると海面は70メートル上昇、すでに巨大氷河の移動や巨大氷山の流出が始まった。
巨大氷山が流出して巨大津波が起きれば臨海地域は壊滅。大量の原油の流出→海の死
多数の原発の倒壊→地球の死

地球温暖化の原因は…
二酸化炭素、フロン、メタン、窒素化合物(NOX)など温暖化ガスの増大
二酸化炭素の排出量は経済レベル、生活レベルの比例
先進国はその他の国(アフリカ、インド、中国など)の十倍から数十倍
日本は過去40年間に電気消費は20倍、自動車は50倍に増加
先進国はさらに経済拡大をめざし、途上国も「追いつき、追い越せ!」
このままでは100年後には500ppmになり地球は熱暴走を始める

IPCC報告(1990年)の結論
 「早急に二酸化炭素放出を60〜80%削減しなければならない」
※二酸化炭素の排出量は経済レベルに比例。途上国の数十倍の二酸化炭素を放出している先進国は公平に考えれば1/10に削減する必要がある。
温暖化防止会議(COP3)を京都で開催(97年12月)
先進国全体で約5.2%の削減を決定(途上国では今後大幅な増加が予想され、この程度の削減では実質的には効果がない)
議長国日本は信用を失墜(調整役どころか全体の足を引っ張った)
※「温暖化ガス排出量の増加により、このままでは地球温暖化の防止は手遅れに」(99年国連UNEP報告書)
実はアメリカ、日本が世界の足を引っ張っているのです。
アメリカは京都議定書からの離脱、日本はようやく批准したものの、削減どころが、排出量を大幅の増大させているのです。
私たちにできることはなにか?
家庭での二酸化炭素を削減していくことです。個人の努力によって実現は可能です。
自動車(マイカー)利用を半分にする(11%削減)、アイドリングをやめる(2%削減)、冷暖房を半分にする(11%削減)
お風呂を半分にする(2日に1回)(5%削減)、待機電力をなくす。コンセントを抜く(3%削減)、また、一家団らんは大きな節約になります。無駄が省けるからです。一緒に食事、一緒に風呂、一家団らんを (二酸化炭素は半分以下に)
4Rが基本です。(できるだけ)買わない/使わない/捨てない/再利用、ゴミの出る買い物をしない、使い捨て商品を買わない。

日本の電力会社各社は過去からの電力消費の増大にてらして、今後いっそうの電力供給をせねばならないとうたっています。しかしこれは本当にそうなのでしょうか?
減らすということは頭にないのでしょうか?
このまま突っ走ればかならず破綻はやってきます。資源は有限なのですから。
私たちは個人の利益や楽で安易な生活ばかりに眼を向けるのではなく、全体性を考えた行動を自らしていかなければならないと思います。私たちの暮らすこの地球は、私たちの生活の基盤です。その地球に住めないようになったのでは元も子もありません。

高木さんが代表をしているネットワーク地球村は、多くの貴重な情報を提供してくれています。
わたしたちは人に伝え、意思表示をしましょう!
独りよりも多くの人が始めることが大切。周りの人に伝えていきましょう。
選挙などでは環境意識の強い人を選びましょう。企業利益の代表のような人をいつまでも選んでいていいのでしょうか?
新聞やマスコミに投書、企業や政治家に手紙を出してみましょう。


※一部「ネットワーク地球村」資料を引用させて頂きました。

(2002/09/18)

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時に人は…

 時に人は、思わぬ巡り合わせを経験することもある。
人との出会いや、本との出会い、新たな世界との出会い…

 気持ちが揺らいでいた…
「私たちの体験する現実は、私自身が創り出している。」
これは本当なのだろうか?????…

自分の人生への疑問、毎日の生活の虚無感、苦しみ、悩み…
行き詰まり、閉塞感、そんな気分に浸っていた。
「この現実は自分が創った現実ではない!」きっと「自分以外の誰か、何かのせいに違いない!」
そんな風に思えてならなかった。

そんなときに一冊の本を手にした。『マスターの教え』/ジョン・マクドナルド著/飛鳥新社
帯には、こう綴られていた…

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
この小さな本には
あなたが思い通りに生きるための
たった1つの法則が書かれています

本書が伝えているメッセージは誰のためでもなく、
あなた自身に向けられています。
何が起こるか、心を開いてこの本を読んで下さい。
そのあとでどうするかは、あなたの自由です。 
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○

また、この本が出版された経緯も不思議な縁を感じる。この世に出るべくして復活した本なのだ。
1929年にカリフォルニア出版とい名もない小さな出版社から出版された。今となっては当然の事ながら絶版になっている。その数十年後。本を運搬しているトラック運転手が、1冊の読み古したボロボロの本をマーク・アレンという出版関係者にプレゼントしたことがきっかけになったのである。
70年の歳月を経て再び世に出るに至ったということになる。

 本の内容はというと、70年前に書かれた本だとは思えない新鮮みのあるもので、読み終わった後には不思議な安心感と勇気を与えてくれた。
けっして押しつけがましい内容ではなく、宇宙の法則のようなものを一人の男の実際の経験を通してシンプルに語っているのだ。「宇宙の唯一の方法はたとえ何年経とうとも、色あせることなく永遠の真実なのだ。」と思えてくる。
 人生の行き詰まりを感じていた、このタイミングで巡り会ったこの本。僕は不思議な巡り合わせを感じる。宇宙からのサポートなのか…

 さらにこの本は、読み返すたびに新たな発見をもたらしてくれるようだ。

人には時として、ベストなタイミングで差し伸べられるメッセージがあるのではないだろうか?

機会があれば、この本を一読してみることをお薦めしたいと思います。

(2002/08/23)

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私達に出来ること

 夏の盛りのこの頃、WHO(世界保健機関)が日光浴の自粛を呼びかけたというニュースが記事になっていた。
今までは、夏になれば真っ黒に日焼けをして…なんていうことは当たり前のことで特に何らの心配もしていなかったはず。しかし今や地球は日光浴でさえ危険なことになってしまっているほど環境悪化が進んでいるのが現状のようだ。

(以下記事抜粋)
 日光浴はお勧めできません――。世界保健機関(WHO)は23日、日光の紫外線は皮膚がんや白内障の原因になるとして "日光浴自粛"を呼びかける報告書を発表した。
 WHOのプロジェクトチーム「インターサン」がまとめた報告書は、70年代以降、ライフスタイルの変化による日光浴ブームとオゾン層の破壊進行との 相乗効果で、白人を中心に皮膚がんの患者が世界で急増していると指摘した。紫外線の浴びすぎは免疫機能の低下につながる恐れもあるという。こ のため太陽光の強い夏の日中は外出を避け、出掛ける場合は衣服で皮膚を覆ったり、帽子やサングラスを着用するよう呼びかけている。
 WHOは、太陽光の強度や波長から算出した11段階の「紫外線指数(UVI)」を定めており、レベル3以上の場合は「皮膚の防護対策が必要」と定 め、各国の天気予報に使われている。
 ただし、実際の影響は人種や職業で異なり、黒人や、日常から炎天下で働く人たちにはある程度の抗力があるため、一概に基準を当てはめることは できないという。WHOのレパチョリ調整官は、「普段は室内にいて、週末だけ急激に日光を浴びるのは避けるべきだ」と話している。(毎日新聞)
(記事ここまで)

 以前にも”あたりまえのこと(2)”で書いたことがあるが、当たり前だったことが、もう当たり前ではなくなるという地球環境の状態なのだ。
特に日本上空には特大のオゾンホールがあるらしい…高度経済成長を成し遂げた代わりに大きなツケがまわってきていることになるのか。
 いまではオゾンを破壊するといわれている「フロン」は先進諸国では使われなくなっているが、発展途上にある国ではどうかわからない。

 また、”地球温暖化”も大きな問題だ。CO2排出により温暖化が進むということは今や明白なこと。しかしながら私たち個人個人ではそれらの対策をしていると言えるのだろうか?
どこかで他力本願的な考えがあり、取り組んでいなかったり、私一人ですることで変わりはしない…などと考えてしまうのかもしれない。
しかし、世界を変えることが出来るのは私たち一人一人だ。その一人一人の集合体が人類であり、地球の集合意識でもあるのだ。
個々が取り組んでいかなければならないのだ。CO2排出は、家の中の人がいないところの電気のスイッチを切る。エアコンの温度設定を1℃上げる。というだけの行為でもしていることになる。
 何事をするにも、目的がなければ…
”地球環境をよりよくするために”という目的を持って、「私たちに出来ること」を身近なところから始めてみようではないか。

(2002/07/31)

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思考と現実

 私たちはいつから、日々の辛さや心配事を抱えるようになったのだろう?
小さな子供の頃は明日の心配をすることもなく、困難な出来事もその場その場で精一杯生きて体験してきた。
なのに大人になるにしたがって、人間関係や仕事、お金の心配などなど…さまざまな苦悩を抱えるようになった。
何故だろうか?
それは、未来のことを心配したり、過去のことを悔やんでみたり…いろいろな理由はあるだろう。
もしも…”今”というこの一瞬しかなかったら、過去や未来を憂うこともないだろう。
子供は”今”を精一杯生きている。体験はとても現実味がある。思考ではなく、感じているのだ。
 一方、大人の私たちは、”今”を充分に感じ、体験していないのではないだろうか?
体験の代わりに、”思考”しすぎているのでは?
そもそもこの思考が苦しみや不安のもとを自ら創りだしているとは言えないだろうか。

ただ、思考することが、けして良くないことであると言っているわけではない。

 自分の体験している世界は、唯一の「私」のみの世界である。起きている真の現実は、誰にとっても平等であり、唯一の事象なのだ。
そこに私たちは”思考”によって色づけをし、「私」の世界として体験している。
同じ事柄でも、人によって体験の度合いがちがうのだ。これは、同じモデルを写生している人々の作品がみな一つ一つ違うことと同じようなものだ。ものの見方や、考え… 私たちは、それぞれ違う絵の具で色づけしているだけなのだ。
現実は思考による何らかの作用の結果なのだ。
「現実を変えたい」と思うとき、パレットに目を移し、違った色を探して使ってみるのも良いだろう。

苦しみとは、唯一の出来事である現実に抵抗し、もがき、思考しているときに起きている。

現実に抵抗しないで、感じてみること(”今”、”ここ”に生きる)が一番楽な生き方なのかもしれない。

(2002/07/10)

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息抜いて、生き抜く

 少し前の新聞記事を読んで思うことがあった。
タイトルは「息抜きながら生き抜くための21世紀的動詞」というもの。
世界中が緊張している。だったら自分から脱落して言ってみる。「痛みを我慢はできません。」「感動しなくて結構です。」「がんばるつもりはありません。」それでいいよ、自分にOKサインを出してあげたい。緊張感に敷きつめられて始まった21世紀の2年目。息抜くと生き抜くが限りなく同義語になるはずだと…
この記事の中には、W杯サッカーでの勝ち点のことが語られていた。勝てば勝ち点3、負ければ勝ち点0引き分けでも1点もらえる。だから引き分けの試合に持ち込むことも重要だと語られている。
 引き分けは、これだけ取りたい、勝ちたい、という双方の妥協の結果だ。同じ引き分けでもにらみ合った末の痛み分けは疲れるが、少ない勝ち点でお互い満足できる「楽し分け」は心地よい。そうか引き分けでも勝ち点1なんだ。人生もこれでいいじゃないかと考えたい。人類は楽し分けの必要性を学習してきたのではないか。希少化した資源を争い低い経済成長の中で競って勝とうとするよりも前向きな生き方に見えてくる。
 幸福を分かち合う関係…
自分の我を張って、不本意な結果を招くよりも、ある意味妥協してお互いの均衡点を探しての少しの満足という事も必要ではないだろうか?
「勝とう」として躍起になって過度なパワーを使うよりも、息を抜き妥協点を探す。
妥協することは"負け"とみなすことよりも、"少しの得"を選択することも賢明な事ではないかと思う。
こう考えてみると、自分を幸せにするかしないかは、自分次第。選択次第ということになってくる。同時に、相手のあることであるならば、相手と幸福を分かち合う関係を選ぶことも大きな意味のあることではないだろうか?
また、自分自身の中での葛藤にも応用できるかもしれない。

これからの時代を生き抜くためには様々な観点からのアクセスが必要であろう。
いずれにせよ選択するのは自分自身である。

(2002/04/10)

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生と死とを考える

 生と死は表裏一体であること。こんなことを最近になって改めて気づいた。
私たちは生きていることに対してどれくらい真剣になっているのだろう?だらだらと惰性でその日一日を過ごし、ダラダラと毎日を過ごしていることはないだろうか?
そんな時に「死」を意識してみると、「生」がより際だってくるように思える。
”今”は確かに生きていても、次の瞬間に私に死がおとずれたら…
はたして満足のいく生き方をしているのか?ということを考えずにはいられなくなる。
 以前、スペイン人の情熱について語る人の話を聞いたことがある。スペイン人は「明日があるから明日やる。」ということがないのだと言う。
そして、スペイン人は「生」とともに、常に「死」を意識しているという。その瞬間瞬間を精一杯生きる。常に「死」への意識があるからこそ、常に「生」への重要性といおうか執着があるのではないかと思う。
 わたしは「今、死んでしまったら…」と意識すると、自分自身を一生懸命生きていないように感じてならない。
まだまだやらなければならないこと、やりたいことをしていないことに気づく。「また今度」とか「明日やれば…」という態度は「生」をなおざりにしてしまいかねない。
瞬間瞬間を精一杯生きることこそ、「生」を全うしていることになるのではないだろうか?
明日はない、そして後悔するような昨日もない、今日を生きるだけ…悔いてはいられないのだ。
”今を生きること”の裏に「死」を意識することが重要不可欠なことなのかもしれない。そのことによって”大切な何か”が初めて見えてくることもあるのだ。

(2002/03/07)

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自分の殻

 このコーナー「まいるうむ」の更新も3か月あまりしないままだった。ずいぶん久しぶりに文章をこうして打っている。
さて、その間の僕は一体、何をしていたのだろうか?
 12月に再びグアムに家族旅行に行き、年末年始はいつもの年と同じように家にいて、初詣は近くの神社に参拝に行き、新たな年の幸福を祈った。
しかし、心は常に晴れない状態で、なにがどうというわけでなく苦しみの意識状態の中にいた。

 ”人は自分の信じていることを経験する。そうでないと信じている場合には、自分の信じていることを経験しない。それでも、結果的には信じていることを経験したということになる。” (『意図的に生きる』より引用)

苦しんでいたときの自分は、何を考え、何を意識し、何を信じていたのだろうか…
おそらく私は、「私は苦しんでいる。ここから抜けられない。」という信念にとらわれていたのだろう…と、今になると思える。
自分の殻を抜け出すということは、その殻の中にすっぽりとハマってしまっている時には至難の業なのだ。無限のループの中をグルグルと延々にわたってはまうようなもので…
おまけに自分が”なにか”にハマっていることにすら気づかないのだから大変なことだ。
そこから抜け出すには。「気づく」しかないのだ。
今、自分がしている経験は、自分の創造なのだと。それがしっかりと認められたときに新たな展開が初めて起きてくるのだ。
そして、さらに大切なことは、何でもいいから”目標”を持つことなのだ。そしてその目標に向けて少しずつでもいいから行動をおこす。そしてやっと新たな展開のためのなにかに出会えてくるのだ。
数年前にもこの”まいるうむ”で「目標を持つこと」の大切さについて記述した覚えがあるが、そのことをふと思いだした。
問題にばかりめを向けていては、そこには混乱が起きるばかりで、解決は見いだせない。
問題の先にあるなにかに目を向けるのだ。そこにはなにかがかならずある。
こんな時こそ、心を静かにし、心の目で見てみようと思う。これが大事なんだと気づいた。
いまは催眠療法についての知識を深めるための勉強に力を注いでいる毎日を過ごしている。
とても充実した時を過ごせるようになっている。

(2002/02/21)

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星を見上げること

 2001年11月19日未明、新聞などのメディアなどでも大々的に取り上げられていたしし座流星群が見えるということで、夜中の2時3時まで起きていて、夫婦で流れ星を見ることにした。
ビルの乱立する超都会暮らしということでもないが、ここ最近夜空を見上げることなんていうことはほとんどないに近かった。2時ごろに一足先に家を出て東の空を見上げていたがいっこうにに流星など見えなかった。(東の空に見えるとの前情報が確かあったのでその方角しか見なかった…)しばらくして家に入って、妻に「流星なんて全然見えなかったよ。」と僕は言った。しかし、十数分後、「そうなの?じゃ一応私も見てくる。」妻が星を見に外に出ていった。するとすぐ家に帰ってきた。「すごいよ!すごくいっぱい流れている!」
僕もその声に促され再度外に出てみた。夜空の真上を見てみると雲ひとつない夜空が広がっていた。しばらく天を見上げていると、次々に流星が飛び交う光景が見られ、とても感動的だった。
しばらく見上げていてふと心に思ったことがある。
”星は見ようとしなければ見えない。”ということだった。普段の日常の中でどれほど夜空を見上げることがあるだろうか?都会とはいえないかもしれないがここ東京23区、公害が多いということもあるが、そうであっても星は見える。夜空を見上げていてほんとうに感じたことは、「星ってこんなにいっぱいあったんだ!」ということである。
夜空には星があるということは、理屈の上では当たり前のことなのである。でも、実際に見ようとしなければ星があることは認識できない。
僕は今まで星を見ていなかった。
ただ、夜には星があるということだけは知っていただけなのである。
僕が夜空を見上げ、流星をとらえようと視野を広げていたからなのかもしれない。それまでほんのいくつかの星しか見えなかったはずのに、次々に新しい星が見えるようになってきた。その時にこう思った。これは日常での新しい発見も同じことではないだろうか?まずは見ようとするところから始めることが大事なのだ。そして次に視野を広げていくことで今まで見えなかった何かがそこに見えてくるのだ。
「臭いものには蓋をしろ」「いやなものには目をつぶる」これをいつまでもしていても、きっと一向に問題は解決しないだろう。そればかりかその状態が当たり前になってしまい、新たな発見や解決策を見いだすことなどできなくなってしまうのだろう。
わたしたちは問題に直面すると、目を背けたり表面上だけを取り繕うとして正面から向き合うことをしないことがあるのではないだろうか?
きっとこれは、こんなふうに言い変えることもできるかもしれない。十分に経験しようとしなければ、いや、感じようとしなければ、その問題はそこにあり続ける。その態度を一転させて、十分に感じ経験しようとする態度になれば、問題解決の答えがそこに浮かび上がってくるのかもしれない。

(2001/11/21)

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混乱を巻き起こすこと、そして循環

この前のコメント(「自然摂理とサイクル」)で江戸の生活がいかに理にかなった、また素晴らしい共生をもたらしていたかということについて紹介した。
 最近、日本では狂牛病の騒ぎがちまたでの話題をさらっている。
「日本には関係ない!」「日本では狂牛病?そんなことはあり得ないんだ!」と高をくくっていた政府が、一点、沈痛な面もちで記者会見をしている。「日本で狂牛病ではないか?との疑いのあった牛の組織をイギリスの機関で調べたところ狂牛病であるということが判明した。」と。
 どうやら、肉骨粉が狂牛病蔓延の一役を担っているということらしい。
「牛」は皆さんもご存じのように、草食動物ですね。その草食動物に、肉骨粉(牛・豚・鶏の、食用とされない廃棄部分を乾燥粉砕して飼料用としたもの)を与えていたというのだから。
明らかに自然の摂理を無視し、流れに逆らったことが当たり前のように行われていたのである。
いってみれば共食い。それを牛に気づかれないように人間が意図しておこなっていた。
その意図というのも「カネ」のためである。コストを押さえて成長を促進させるには動物性のタンパク質を摂らせる。成長が早く固定費を削減して手っ取り早く、早く市場に出せる。
合理性や利害しか考えていない・・・
このようなやり方を続けていれば、かならずもっと大きな痛手を我々人類は味わうのではなかろうか?
私たちも自然摂理の中で共生する一員として、理にかなった行動をしていくべきなのではないだろうか?

−参考資料−
(狂牛病の正しい知識:http://square.umin.ac.jp/massie-tmd/bse.htmlより引用)
狂牛病って何でしょう?
1)狂牛病にかかった牛はどうなるの?:狂牛病(正式には牛海綿状脳症 BSE:Bovine Spongiform Encephalopathy)は,1986年に英国で発見されました.BSEにかかった牛は脳を冒され,歩くこともままならなくなり死亡します.BSEにかかった牛の脳を顕微鏡で見ると,非常に細かい穴がたくさんあいたように見えます.この様子がスポンジに似ているので,海綿状脳症と呼ばれるのです. 
2) 狂牛病はどこにある?:BSEは圧倒的に英国に多く(BSE全体の98%以上),はっきりとBSEの症状が出ている牛だけでも15万頭見つかりました.その他のヨーロッパ諸国と,カナダなどでもBSEが見つかっていますが,英国に比べて頻度ははるかに低くなっています. 
3)狂牛病の原因は?:プリオンとよばれる特殊な蛋白が病原体といわれています.プリオンは冷凍にも料理の熱にもびくともしない,たちの悪い病原体です.羊にはBSEとよく似たスクレイピーという脳の病気が200年以上も前からありました.このスクレイピーもプリオンが原因です.英国では,1970年代後半から1980 年代はじめまで,羊の死体を牛のえさにしていました.ですから,BSEの大元はスクレイピーにかかった羊の組織(骨と肉)が混じっていたえさ(ボウンミール: bone meal 肉骨粉)を食べたために発生したする説があります.しかし,2000年10月の英国の報告書では,この説は採用されていません.スクレイピーとは全く別に突然変異で牛にBSE型のプリオンが生じたとする説もあります.しかし,いずれにせよ,BSEに感染した牛(発症前の潜伏期間中)の神経組織や内臓を加工した動物性飼料を感染源に広まっていきました.
プリオンは正常なものと異常なものがあり,異常なプリオンだけが感染性を持っているので,プリオン=病原体という言い方は厳密には正しくないのですが,とりあえず,そう理解しておいてください. 

(2001/10/29)

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自然摂理とサイクル

 興味深い記事を見つけた。
私たちは何を失い、何を生み出したのだろう?
混乱や困惑を回避するために躍起になったりしている。
下記に紹介する<江戸の肥やしは人気者>はとても興味深い!完全なるリサイクル。それもみんなに少しずつでも役にたつかたちとして。
以下の記事らは私たちに何かを思い起こさせてくれるきっかっけになるのではないだろうか・・・

以下「地球村通信−8月号より」抜粋

「江戸時代は封建主義の時代で、身分制度もあり悪しき時代であった。またテレビの時代劇のように、庶民はいつも悪代官に搾取されていた。」
私たちは江戸時代に対してこのようなイメージを持っていませんでしょうか。はたしてそうだったのでしょうか。最初に江戸の庶民の暮らしを紹介します。

<<子どもたちのオアシス、江戸の寺子屋>>
江戸時代の子どもたちは、ほとんどが学校好きでした。先生を選ぶのも自由、教科書も自由、机の向きも自由であっちこっち向いていました。また先生になるのも自由でどんな職業の人たちでもなることができました。しかし長く続けられる人は、生徒や村人たちから尊敬される先生だけで、尊敬を込めて師匠と呼ばれていました。お師匠さんたちは先生としての収入はほとんどなく自分自身の生きがいとして寺子屋を開いていました。お金と社会的地位、身分が比例していなく受験競争がなかった時代、子どもたちは寺子屋で自分自身を見つけ生き方を発見していました。

<<庶民の趣味は錦絵集め>>
西欧では王侯貴族や富豪がパトロンとなることによって大画家が育っていきました。
一方、日本の江戸では子どもを含めたごく普通の庶民がお気に入りの絵師の作品を買い集めることにより錦絵が発展しました。そして庶民が楽しむことにより高度な文化に洗練され、日本の生み出した最も独創的な美術品となり、世界の美術にも貢献しました。
現代の子供たちがキャラクターのカードを集めるように、江戸の子どもたちは国際的大画家である歌麿、写楽、北斎などの作品をお小遣いで買って楽しく遊んでいました。

<<今も昔も旅は楽しみ>>
江戸、大坂、京都の主要道路、お伊勢さんの参道は旅人で賑わい毎日がお祭りのようでした。野田泉光院という山伏は6 年2 ヶ月にもおよぶ大旅行を托鉢により成し遂げ、全工程の記録を日記に残しました。その記録によると野宿した回数はなんと0 回でした。どんな村に行っても宿に困っている旅人を見捨てる人はいなかったのです。
江戸の庶民はみんなが分かち合い、助け合っていました。人口100 万人の大都市、江戸でも警察も必要ないほどに治安も良かったのです。

☆江戸は当時面積、人口ともに世界最大で100 万人以上の人たちが暮らしていました。江戸の地下水道管は世界最大規模に達していました。また世界でも有数のゴミの少ないきれいな都市でした。つぎに江戸の街の様子を紹介します。

<<江戸の肥やしは人気者>>
江戸時代の基幹産業は当然農業であって、肥料は人の排泄物である下肥を使っていました。江戸の庶民は栄養状態も良かったため、排泄する下肥を肥料にすると、植物の成長も良かったのです。特に長屋の排泄物は農家にとって人気者で、大家さんにとっても貴重な収入源となっていました。当時下肥は大変貴重であって、いつも不足気味で、価格も高騰していきました。農民たちは競って町の人の集まるところに簡易トイレを置き、下肥集めをしていました。パリやロンドンでは、下水道が整備されていたものの、そのまま全て川へ垂れ流していたため、セーヌ川などの汚染がひどく、悪臭を放っていたそうです。
下水道の必要さえない江戸の町。日本には環境と調和した世界一の環境先進都市があったのです。

<<江戸時代のエネルギーは太陽だった>>
江戸時代のエネルギー消費は人力を除いては、ほぼゼロでした。人々は太陽の恵みによって成長した植物から、衣食住に必要なものの大半を作っていたためです。特に稲わらは草履、わらじ、むしろ、縄としてあらゆる所で利用され、使い古したものは肥料としてまた田畑に戻されていました。微生物の助けも借りながら、すべてのものが何も増えたり減ったりすることなく、土と大気と植物の間を絶えず循環していました。

<<永続可能な社会へ>>
いかがでしたでしょうか。私たちの祖先である江戸の庶民はいろんな知恵をだしあい生活を楽しんでいました。300 年ものあいだ人口も経済も安定して存続した江戸時代は永続可能な社会だったのです。江戸時代には世界で最も高い文化水準の完全自給自足社会を実現していたのです。
現在の私たちは便利、快適の生活のために大量生産、大量消費、大量廃棄を繰り返し、今でも経済拡大を目指しています。日本は戦後50 年間で生存基盤を切り捨てた結果、食糧自給率、エネルギー自給率ともに先進国で最低となり、最も危険な国になりました。
私たちの進むべき方向はどちらでしょうか。早急に私たちの意識、価値観、ライフスタイルの変換が必要です。私たちにできることは何でしょう。忘れてしまったことを思い出すことではないでしょうか。心のなかの「幸せな社会」を。

「地球村通信−8月号」より引用
参考文献:「大江戸えころじー事情」「大江戸泉光院旅日記」他石川英輔著(講談社)

 

(2001/10/26)

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”あたりまえ”のこと(2)

 いま、”あたりまえ”だと思っていること、多くありますね。
今の世の中、環境問題が様々なかたちで取りざたされている。
僕が子供の頃、20年くらい前では水を飲むといえば平気で蛇口から出てくる水をゴクゴクと飲んでいた。
それが大学生をやってるころ、いまから10〜12年位前だろうか、水(ミネラルウォーター)が世に出だした。
その頃は、よほどの新しい物好き、物好きが買うものと思って、笑っていた。「へー、水を買って飲むなんて時代が来たんだね。」既になくなった祖母がその当時にいっていたことを思い出す。
学生時代、茨城から上京して一人暮らしをしていた友達がいた。彼の部屋に遊びに行くと、「六甲のおいしい水」のペットボトルの空ボトルが散乱していた。「なにぃ!?おまえ"水"を買ってんのかぁ?」
「うーん、東京の水は俺には合わないんだ。体が調子悪くなる。」「だから飲み水と料理には買ったミネラルウォーターを使っているんだ。」と。
僕にとってはカルチャーショックだった。と同時に「こいつ変わってるよなぁ。ただで蛇口から出てくる水が飲めるというのに高いお金を出して『水』を買っているんだから・・・」と思っていた。
しかしながら、現在の僕はこのミネラルウォーターを当たり前のように買って飲んでいる。
少し前まで当たり前じゃなかったことが当たり前になっている。

環境問題に観点を移してみよう。
多くの人も認識しているように、フロンによるオゾンホールが年々拡大の一途をたどってるという。
オゾンは有害紫外線を吸収して、その有害紫外線が地球上に降り注ぐのを防御してくれる自然のフィルターなのだ。
そのオゾンの層には、ぽっかりと大穴が空いてしまっているそうで・・・(特に日本上空あたりは世界的にもオゾンホールの状態が大きくひどいところだとか…)
今後、年を追うごとに皮膚ガンの被害が拡大することが懸念されているのだ。
これからは、いかに紫外線を浴びないようにするかが求められる時代となっていくのであろう・・・
夏、こんがりと焼いた小麦色の肌なんていうのはも過去の伝説になってしまうのかもしれない。

夏でなくても、帽子にサングラス。これが当たり前となるのではないだろうか?
いや、すでにそういう時代になっているのである。多くの人はその危険性には気づかずに毎日を過ごしている。

また、いままでは、「太陽の日が降り注ぐいい天気ですね!」が「今日は、紫外線が多そうでいやな日ですね〜」となる日も近いのではなかろうか?
曇天の日や、雨の日が”いい天気”になる日もそう遠くないかもしれない。

いろいろなことで、「あたりまえ」ではなくなっていく。
いま、自分が思っている当たり前のことは何があるだろうか?それが本当に永続的に続くことなのかはわからないことなのである。
臨機応変に対応できる心構えを持つこともこれからの時代には必要なことなのかもしれない。

(2001/10/26)

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「他者への奉仕」「慈しみ」「感謝」

 大宇宙の法則「私の与えるものが私の受け取るもの」
私たちが、”望まない現実”を体験しているとき、私たちは何を世界に与えているのだろう。
逆に、私たちが”幸せな現実”を体験しているとき、私たちは何を世界に与えているのだろう。
この世は、因果応報の世界。つまり私たちは、「原因」と「結果」のうち、結果を体験している。
原因は自分自身の内なる部分から来ている。そう、与えているもの。
世界に与えているものは私たちの体験する現実に投影されてくる。それを私たちは単に経験するというサイクルを繰り返しているのだ。
「他者への奉仕」「慈しみ」「感謝」これらに基づく行動や意図は私が受け取るものが2倍3倍になって帰ってくるのだそうだ。
どうだろう?
人に対して良いことをした。
慈しみに満ちた行動をした。
有り難いと感じて、感謝の言葉をはっした。
いずれの場合も幸せな気分が感じられるのではないだろうか?

因果応報。

自分の体験する世界を形作るのはやはり”わたし”ということになる。

私が幸せになるということは他者をもしあわせしするための礎になる。
そのためにも「他者への奉仕」「慈しみ」「感謝」に基づく意図、行動を行っていけたらいいですね。

(2001/10/22)

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恐れに根ざすということ

 日本という国はいたい何を焦っているのだろう・・・
自衛隊海外派遣、武器輸送、人的貢献・・・
湾岸戦争時、日本は莫大な費用を援助しながら、世界からはバッシングを浴びせかけられた。
「カネだけ出して血を流さない。」
 今回のテロ事件後の日本の対処策はことごとく、過去のトラウマにねざしていて、恐れから来る行動に終始しているように思えてならない。まさに”焦り”を感じる。
「このままではいけない!」「過去の過ちの二の舞を踏むな・・・」「世界に追いつけ、とにかく早く!」
こんなフレーズが日本の首脳の中にはあったのではないだろうか。
 このゴタゴタのなかで政府、国会は自衛隊の海外派遣を「もうすでにそうすべく」というように進めている。
”日本”という国の姿勢というものは一体あるのだろうか?
私たち個人レベルにでも考えを持ってきてみれば、当然一つの考え方があってしかるべきではなかろうか?「私は今回のこのテロ事件をこうとらえ、こう考え、こう対処し協力したいと。」
考えなしに、とにかく怖れに根ざした行動を続ける日本。
”怖れに根ざした行動”からは満足や幸せは得られない。
私たち一人一人も考えてみるべきではないだろうか?

他の国の意図が加わった結果できたものだという批判はあるとはいえ、世界に誇る「平和憲法」をもつ日本。
もっと世界に貢献できる方法は別にもあるであろう・・・

アメリカの右へならえ・・・をいつまでもやってる時ではない。
日本としてとか世界平和のためにはこうすべきというビジョンをもって世界に望んで欲しいものだ。
世界とテロとの戦いなんて言葉にしてしまっているが、そもそもこんな戦争を起こす正当性などあるのか?
こうしているあいだにも無実の市民が悲しみの現実に打ちひしがれている。

”怖れ”ではなく「平和な世界にするためには」を想像して考えていきたい。

アメリカでは、ジョン・レノンの「イマジン」を放送することを自粛しているという。
なぜだ!本当にばかげたことだ!
こんなときこそ、想像するんだ!
ジョンはいう。「想像してごらんよ・・・」全ての人々が平和に暮らしているところを…

なにか平和のために行動を起こすのならそれももちろん良い。
でなくても、想像することなら誰にもできるのです。きっと世界を平和の方向に動かす流れが起こるはずだよ。
ジョン・レノンの『イマジン』は想像することで、自分の体験する世界が動かせる・・・という宇宙の法則、まさにその大テーマをいっているのである。想像以上に意味深い。

IMAGINE/John Lennon

Imagine there's no heaven
想像してみてごらんよ、天国なんてないと
It's easy if you try
簡単だよ、やってごらん
No hell below us
地獄もなく、
Above us only sky
ただ空が広がっているだけ
Imagine all the people
想像してみてごらんよ、全ての人々が
Living for today…
今日のために生きているところを…

Imagine there's no countries
想像してみてごらんよ、国家なんてないって
It isn't hard to do
難しくないよ
Nothing to kill or die for
人を殺したり、命を投げ出すこともない
And no religion too
宗教だって同じことさ
Imagine all the people
想像してみてごらんよ、全ての人々が
Living life in peace…
平和に暮らしているところを…

You may say I'm a dreamer
あなた達は僕を夢想家と言うだろう
But I'm not the only one
でもただの夢想家じゃない
I hope someday you'll join us
いつの日かあなた達が僕達の仲間に
And the world will be as one
なってくれたら、世界は一つになる

Imagine no possessions
想像してみてごらんよ、所有物なんてないって
I wonder if you can
さぁ、できるかな…
No need for greed of hunger
貪欲になったり、腹を空かすこともない
A brotherhood of man
人類はみんな兄弟
Imagine all the people
想像してみてごらんよ、全ての人々が
Sharing all the world…
世界中で分かち合っているところを…

You may say I'm a dreamer
あなた達は僕を夢想家と言うだろう
But I'm not the only one
でもただの夢想家じゃない
I hope someday you'll join us
いつの日かあなた達が僕達の仲間に
And the world will be as one
なってくれたら、世界は一つになる

ジョンのメッセージを改めて読み返してみて、何を感じたでしょうか?
ね、世界が平和で、みんなが幸せに笑いあっている光景を想像して見ようよ!
いま、世界各地で平和のための瞑想が行われている。
僕もこの動きに加わります。
あなたも自分ができる小さな一歩から・・・やってみてはどうですか?

(2001/10/20)

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青い海と青い空、そして・・・

 娘が誕生してからの始めての我が家での家族旅行。
俗に言うできちゃった結婚なので、新婚旅行というのもやらなかったし・・・
旅行先の事前の候補は、いろいろとあり、ニューヨークに行きたい!というのが僕の主張。しかし、子供が1歳3ヶ月ということもあり飛行機での長旅ということは難しいということで、却下になり・・・
その時には気分が疲れていたということもあり、青い海と青い空の南の島が良いな〜なんていうことと、始めての子連れ海外旅行にはきっとうってつけであろうという”グァム”に決めたのだった。
私たちを乗せたコンチネンタル便は9月9日成田を飛び立った。
 妻と子供にとっては始めての海外旅行。いい旅になることをねがっていた。
宿泊したホテルも立派で綺麗だったし、毎日が楽しい思いでいた。
また現地ではオプショナルツアーのイルカウォッチングツアーに行ったりして、グァムの自然や透き通るような青い海を体験し、熱帯魚と戯れたりと・・・南の島を満喫した。
ツアーから帰った夜、家族で焼き肉やさんに夕食を食べに行き、満腹状態でホテルの部屋に戻った。
さて、シャワーでも浴びてさっと疲れを・・・なんてことで、フロあがりのいっぱいを飲みながら。
また、「日本では台風被害が結構出ている」というような話を耳にしていたのでその確認のため、現地局のNHKを見るためにテレビを付けると!
「ん!何が起こっているんだ!」CNNは、黒煙を立ち上らせているニューヨーク世界貿易センタービルを映し出していた。
しばし、なにが起こっているのかわからなかった。
シャワーから出た妻もその光景を見て唖然。
事の次第がだんだんわかってきた。「テロ」という言葉が端々に聞こえる。
そんな矢先、2機目のジャンボ旅客機がもう一方のツインタワーの激突した。まさに映画の世界を見るようだった。
その後2人で、世界貿易センタービル完全倒壊までテレビに釘付けとなって明け方までいた。
まさか、この時には自分たちに影響が出てくるなど夢にも思わなかった。
全米の空港が封鎖された。そうそう!ここグァムもUSAなんだよ!
ここではじめて、自分たちの身が一体どうなるのか?ということを案じ始めたが、「また、何とかなるでしょ・・・」なんて軽い気持ちでいたが、コンチネンタル航空はテロの影響で経営が急激に悪化、前従業員の40%をレイオフ(解雇)、以前空港封鎖は解けず。13日帰国予定が、14日にも、15日にも、16日にも・・・というように帰国できない日が続いた。いつ「帰れる」という連絡が来ても対応できるようにと、毎夜荷物をパッキングして、朝にツアーデスクで帰国できない旨を聞かされては落胆して部屋に戻るという日々を重ねた。
焦ったのはそれだけではない。日本での仕事のこと。僕はレイキのティーチャーでして、セミナーのスケジュールを9/15、16と入れていたのだった。さて、困った!!帰れない。
現地から国際電話を入れたり、e-mailで連絡したりして四苦八苦の末なんとかセミナーキャンセルの旨連絡をすることができた。
 ホッとしたものの、延びた滞在を楽しめる雰囲気にはなれなかった。
いつ帰れるのかという不安と毎朝の帰国できない連絡を聞く落胆を経験していく中で、「何が自分にこの経験をさせているのだろう?」と考えるようになっていた。
妻は、「もうこうなったらしょうがないんだから、少しでも楽しめるようにしようよ。」とはいうもののやはり気持ちはあせりを隠せなかった。
 でも考えてみれば今回の旅では、世界的な事件を当事国アメリカで体験できたことは貴重なことだったのかもしれない。現地の人々のテロに対する怒りの様を目の当たりにもしたし、またあんなに日本に帰国できたことが嬉しかったこともなかっただろう。
なにごともとらえ方、考え方えですね。
ちなみに数ヶ月前の僕の夢は「南の島でのんびりと長期間過ごしたい。」というものだったのです。
思わぬ形でかなってしまったのかも??(=_=;)

GUAM写真リンク

(2001/09/30)

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『脳の右側で描け』

 つい先日(8/11〜15)、『脳の右側で描け』というワークショップに参加してきました。
なにそれ?ってちょっと興味ないですか?
じつは僕もこの「なにそれ?」からこのワークショップを受けることにつながったのです。
このワークショップを簡単に説明すると…
ベティ・エドワーズ(カリフォルニア州立大学教授)が美術教育の体験を生かし、ロジャー・W・スペリーらの分割脳研究の成果にヒントを得て、短期間に誰でも写実的な絵が描ける独自の教育システムを開発、高く評価されている。近年は、美術教育にとどまらず創造性全般を探求し、ヨーロッパや日本でもワークショップを開催している。
これはB・エドワーズの紹介文だが、この5日間のワークショップを受けることで誰でも素晴らしい絵が描けるというもの。
大学で1年間学んだのと同じ成果を得ることができるのだそうです!

 ぼくは実は絵を描くことは好きなのですが、描いてみたところで上手くもないし、専門的に学んだこともないし…と絵を自由に楽しく描くということがなかなかできずにいたんです。
また、右脳開発ということには以前から興味があり、人の潜在能力は右脳を開発することで驚異的な発達を期待することが出きるなんていうことも本などから知識を得ていました。
そんなときに見つけたのがこの『脳の右側で描け5日間ワークショップ』でした。
そんな僕にとっては、”絵が上手くなる”、”右脳を使う”ということで一石二鳥で得ることができるのでは?と思ったから受講するに至ったのですね。

さて、内容はどんなものだったのでしょう??
ワークショップの期間中の毎夜に日記をつけていました。それを以下に転載します。
この僕も絵を描くことが上手くなったのでしょうか・・・(作品集のリンクが本章の終わりのほうにありますのでぜひ見て下さい。)

【1日目】
 参加者16名くらい。外国の人も一緒です。先生は古賀良子さんとクリスチン・ニュートンさん(アメリカの方です。)
今まで絵を専門に勉強したこともなくこのてのワークショップに参加参加するのは初めての体験です。
右脳で描くということは一体どういうことなんだろう?と疑問の入り交じった中でのスタートだった。最初の説明で「頭が痛くなる…」「感情がわき上がって涙が…」とかいささか不安になるようなことも聞いていたが、絵を描き始めるとそれに自然に没頭する自分がいました。
左脳が右脳にその座を明け渡すと時間が大変短く感じられた。というよりは時間の感覚がなかったというほうがしっくりくるかもしれない。
いつも知らず知らずのうちに時間に追われている、いや気にしている自分を発見した。
「絵を描く」ということが楽しくなりそうだ。
そうそう、帰りの電車の名かで感じたこと…いつも何気なく見ている吊革や電車のドアの縁など、今まで見えなかった、いや見ていなかった光の強弱、陰影が際だって見えた。「これも絵になるな!」なんて思ってなんか楽しくなった。
まだ一日目なのに何か心の中の変化が感じられる。
明日も楽しみ!

【2日目】
 昨日家に帰った後にやった”おみやげ”なるホームワーク。輪郭を抜いて椅子を描くというもの(一時間くらいかけて行った)。朝はそれらのフィードバックをから始まった。
今日行ったものは輪郭画法というもの。
昼食後、今日の最初の作品を仕上げ、OHPを見るときには非常に眠かった。寝不足がたたっていたのかも…
今日一日の感想としては、時間の感覚がとても短いことに驚いている。だって、一日8時間以上絵を描くなんていうこと今までには考えられなかったし、やって見ようとも思わなかった。そんなことができたなんて…
短いというより、時間を忘れていたようだった。
これが左脳的でなく右脳で描いているということなのだろうか?
明日はまたさらにまたさらにがあるのかな…

【3日目】
 今日は7時間近くも絵を描いた。自分でも信じられなくて、本当にそんな長い時間絵を描いていたのは初めての経験だ。
部屋の角をいれた絵を描いたのだけれども、最初は「あー…これを描くのかぁ?!ホントかよぉ。こんなにゴチャゴチャしてるし、描くものも沢山あるし…あーやりたくない…」と心の中が騒がしい。いやこれはきっと左脳の囁きだったのだろう…描き出すまでの数分は全然やる気が起きなかった。そして1時間くらいは本当に苦痛だった。しかし、それを過ぎたあたりから集中できるようになった。特に細かいところを描いている時は時間の感覚もなく我を忘れて没頭した。時々手を休めてみてだんだん絵がそれらしく見えてくると満足度も増してくる。気分がとてもいい。こういうときっていうのは疲れていることすら忘れているのだ。描き終わった後にはドーーーッと疲れが出てきた。
気づいてみると頭の右側がすごく痛くて、また目も痛い感じがした。
おそらく右脳(Rモード)を使ったためなのだろう…
帰るとき先生からこんな言葉をかけられた。「上村さん、なんだかニコニコしてるわねぇ。ほら、顔がニコニコ!」って。
自分では意識してはいなかったんだけど自然にそーなっていたのかなぁ…
いやぁそれにしても今日は満足感があった。
家に帰る途中、なぜだか吐き気がしてならなかった。ものの見え方が全然違うのだぁ!本当に!スゴイぞぉ!
明日は人の横顔を描くのだそうだー。

【4日目】
 今日はいよいよ人物の絵(人の横顔)を描く日。
4日目ともなると絵を描くことに大分抵抗がなくなってきた。朝に昨日の”おみやげ(テキストの中の絵を描く)”のフィードバックをしたが、みんながみんなスゴく上達しているとがわかった。
同じものを描いているのに人によって違ってくる。それがその人の”味”なのだ。上手いとか下手ではなく確かに”味”なのだ。上手、下手はどうでもよくって、別に関係ない。
目や口元の、ほんの1mmの違いが全体の印象をかえてしまう。難しさを感じるとともに奥深さと面白みを感じる。
さてその後、4人で組んで15分描いたら15分はモデルのじかん。それを4回繰り返した。そのごは自由設定で。
絵を描き終わったのは19:30を少しまわったところだった。5時間以上も書き続けていた!すごい集中力。自分ながら感心してしまう。
右脳のなせることなのか?とても不思議な感じがする。満足感も得られている。
普段の生活の中でこれほど集中したり、また満足することがどれくらいあるだろうか…
新しい生き方を見つけたような気持ちだ。
明日はいよいよ最終日。えっもう?

【5日目】
 このワークショップ最終日だった。絵を描く感覚にはずいぶん慣れてきた。昨日は人の横顔を描くもので、今日はいよいよ自画像だった。午前中はフィードバックと説明。13:30頃からスタートした。「時間が足りない…」と毎回生徒がいっているらしい。そのくらい時間がかかるものらしい…
鏡を前にしてみるけれどさて、どこからどうやって描くやら…
まず鼻、そして目…プロポーションを勉強したこともあって位置をとるのもわりと楽にできるようだ。それでも採寸は欠かせない。陰影を集中的に描いたり細かいところを描いてみたりあっちにいきこっちにいき…気がついて時計に目をやると数時間がアッという間。毎度何度も書いているけれど本当に時間が短く感じられる。そう感覚がないのだ。目鼻口を描くだけで4時間以上を費やした。いままでにそんなに絵を描くことに時間をかけたことはないしだいいちイライラして「そんなことしてられるか!」なんて感じで投げてしまうのがオチだったろう。
このワークショップの素晴らしいところは勉強するということを何ら感じないこと。そのくせ確実の技術が身についているということ。『脳の右側で描け』5日間のワークショップとあるが特に右脳の専門知識を学んだわけではない。もう、実践中心。まさに案ずるより生むが易しというところだろう。
自画像の完成まで6時間半をかけた。(13:30〜20:00)
最近の日常の中で集中して何かをしたということもなく毎日ダラダラと過ごしてしまった中でこの5日間は本当に充実していた。成果は?もちろんあった。ワークショップ参加前に描いた3点の絵(自画像・自分の手・部屋の角の椅子)とワークショップ中に描いた絵を見れば一目瞭然。みんなアマチュアの人達で5日間でこうも上手く描けるようになるものかと本当に感心した。
そしてワーク中の雰囲気がとってもいいのだ!参加者の誰かが言っていたが競争もないし批判もしないし、みんながとてもいい感じで自分のペースの中に居た。人の良いところは「それはどうやって描いたの?」と聞き、またフィードバックし…というように。
最後に私の観点からひとつ。
今までに物事にどれだけの注意を注いできたのだろう?と深く考えてしまう。ある意味ものの存在を無視してきたのかもしれない。よぉく見ると、今までなかった何かが必ずそこに存在していることに気づくのだ。これはとても大きな事なのかもしれない。「私」しだいでこの世界の存在の仕方が変わるのだから。
私は今までの世界とこれからの世界をきっと違ったものとして受け取ることになるのだろう。いや、もう既にそうなっているのだ。
電車の中にも新しい発見が!子供の表情にも…毎日過ごしている見慣れた家の中でも…
この世界をどうとるかは私の反映なんだな。

よろしければ『脳の右側で描け』5日間のワークショップでの私の作品集を見て下さい。
成果の程がよーくわかると思いますよ!

◆著書のご紹介
改訂新版 脳の右側で描け』 B・エドワーズ著 北村孝一訳/エルテ出版

『脳の右側で描けワークブック』 ベティ エドワーズ (著), Betty Edwards (原著), 北村 孝一 (翻訳)

◆『脳の右側で描け』ワークショップのHPリンクは下記をクリック
脳の右側で描け Drawing on the Right Side of the Brain

(2001/08/18)

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”あたりまえ”のこと

ずいぶん以前の話にはなるけれど岩手県が頑張らない宣言を出した。
これは今までとは違う、んー、なにか新たな流れを感じる。「それがなんで新しい流れなのさ!」と思われるかもしれないが、
いままで私たちは自分で気づかずに「頑張る」ことが当然・当たり前…という風に思っていたのではないだろうか?
その裏付けとして、なにかテレビの番組を1つ選んで見てみると、そのなかでは「頑張って」という言葉・フレーズがいかに多いことか!それに気づくのではないだろうか…
日常では、"頑張る"ことが暗黙の了承。当たり前なのである。
ではこんど、今までの観点をあえて取り払ってみて、こう自分問いかけてみる。
「どうして頑張るのか?」「なぜ頑張らなければいけないのか?」
さて、頑張る理由は何なのだろう?
自分の目的、目標を達成させようとするには、そこに向かうためのいささかの努力・頑張りは必要なのかもしれない。
でも、なんでもかんでもがんばる必要はないのではないか?と考える。
頑張るところは頑張って、息を抜くところでは息を抜く…
”遊ぶこと”も頑張ったりしていないだろうか?
”リラックスすること”も頑張ってやっていないだろうか?
「頑張らない」と決めることもたまには必要だろう…

 また「当然のこと…」「当たり前…」と思うことって本当にそうなのだろうか?
例えば、私たちがこうして生きていることは当たり前と思うかもしれない。
しかしある意味では、とっても奇跡的なことであって、当たり前ではないかもしれない。
誰かとの出会いも…
世界には人の数がこれだけいて、一生のうちに出会う人の数もごくごく限られた一部だ。
袖ふれあうも他生の縁…というがまさに縁なくしてはあり得ないことなのではないだろうか。
さらに考えてみれば、親や兄弟、夫、妻、子供…ものすごい濃い縁なのだ。

 やって貰うのが当たり前では、感謝の気持ちも芽生えない。
何でも有り難い(つまりそうあることが、奇跡的なことなのだ)という気持ち、視点が重要なのだろう。
普段の自分の行いのなっていないことを痛感…

当たり前と思っていることに自分自身が気づかないこともあるけれど、あえて自分が本当に当たり前と思っていることを、固定した視点を取り除いて新たな目で見てみるのはどうだろう。
もしかしたら、生きることが楽になったりするかもしれない…

 

(2001/07/31)

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