03/07/02~04/05/31
子供とTV番組(2004/05/31)
悲しい文化(2004/05/17)
再構築(2004/04/29)
内省することの意義(2004/04/28)
キリストの健康法(2004/04/14)
子供が安全に過ごせない世界(2004/03/31)
何をめざす?「先進国」(2004/03/30)
経験の密度を高めるには?(2004/02/29)
怖れに根ざす…(2004/02/23)
すべてなるものとの関わり(2004/02/06)
”ことのは”とこころ(2004/01/30)
心新たに…(2004/01/07)
この年を振り返る(2003/12/31)
一生を幸せでいたいのなら(2003/12/18)
靴のセールスマン(2003/12/10)
私たちの抵抗(2003/11/28)
「傲り」の気持ちは何をもたらす?(2003/11/26)
「私の経験すること」の意味(2)(2003/10/16)
「私の経験すること」の意味(1)(2003/09/24)
異常気象??(2003/09/01)
夜空を味わう(2003/08/28)
集中することと経験すること(2003/08/18)
平和な世界をめざすために(2003/07/31)
バランス(2003/07/21)
チビとの別れ(2003/07/02)
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子供とTV番組
自分の子供と毎日接していて感じることは、子供というのは実に外部の影響を多く受け取るものだなぁという思いだ。
特にテレビ番組やビデオプログラムの影響というのは大きい。
以前にもこの「まいるうむ」(平和な世界をめざすために)で記したものだけれど、ヒーローが悪者を力(武力)でねじ伏せてハッピーエンド。これが毎回のストーリー構成。こういう番組を子供はいつも見ているということ。
問題は、自称善者は自分が悪者だと思いこんでいる存在に対して暴力を振るっても、成敗できればいいと正当化してしまうということだ。どこかの国もこれと同じようなことで戦争を正当化しているのではないだろうか…
ま、これは問題提起としての引用だけれども、未来を託す子供たちがこのような完全懲悪主義という観点でのものの見方に偏ることはいかがなものだろう?
一つの視点からでなく、いろいろな視点からのものの見方ができて、”ソレ”の真の姿を知ることができるのではないだろうか。
いまの子供の見るテレビ番組の多くは、完全懲悪主義から離れることができないようだ。
そんななか、大人にも子供にも僕がおすすめできるアニメーションがある。
ご存じの方もいると思うが『Hello!オズワルド』というアニメだ。原作者はダン・ヤッカリーノ。
主人公はタコのオズワルド、タコのくせに水が嫌いで泳げないという…
ビッグシティという街で暮らすさまざまな登場人物とのあいだに巻き起こるできごと。ほんとうにほのぼのした内容なのだ。
とっても優しい性格のオズワルドの行動は何気ない行動までもが愛にあふれている。
このアニメのなかの登場キャラタクターも様々な性格のキャラで、「こういうキャラの人実際にいるよな…」と思えるようなキャラタクター達だ。
そしてこのアニメのなかでのポイントは歌だ。自分の思いを歌で表現するオズワルド。そして音楽は全編アコースティック・ジャズでなおかつとっても優しい内容の歌なのだ。
僕が中学生の頃、ドイツのシュタイナー学校の先生達が日本の学校の生徒達はどんな学校生活をしているのかみたいということで視察にきたことがある。たまたま僕のいたクラスも視察の対象になったようで、インタビューなどを受けたりもした。この訪問は日本の公立学校でははじめてだったそうだ。日本の学校の先生達とシュタイナー学校の先生達が最終日に懇談したそうで、その後先生達からシェアしてもらった話の中で印象に残っていることがある。
「シュタイナー学校の先生達がくちぐちに言っていたことは、この学校の生徒達には歌がない!」「表現表情が豊かでない」と、それを非常に悲しげな表情で語っていたという。この頃の社会問題は中学・高校での校内暴力だった。それと歌が関係しているかは別として、彼らは鼻歌の一つも聞かれないような校内を奇異な目で見ていたのだろう。
ところでこの『Hello!オズワルド』は現在は衛星放送のWOWOWのみで放映している。ビデオやDVDも出ているので一度見てみるといいと思う。
オズワルドの吹き替えの声は、優しいスウィートな声の持ち主ビギンのヴォーカルである比嘉さんで、この歌声もいいです。ほかにも藤村俊二氏やベッキーも声の出演をしています。
本当にオススメです。
Hello!オズワルド オフィシャルサイト
http://www.oswald.jp/
(2004/05/31)
悲しい文化
私たちは自分たちの文化に誇りを持っているだろうか?
では、自分たちの文化って何だろう?現代社会ありきで創られてきたものや、日本古来からの文化、教えなど…観点によっては様々だ。
映画『ラストサムライ』がいまだに多くの観客動員をもたらし人気のうちに上映が続いている。海外でも絶賛されている。
この映画を観た方のなかには改めて日本の文化に誇りを持ち、強く惹かれたという人も少なくないのではないかと思う。
なかでも礼節を重んじる文化。
今の世の中ではどうだろう?
個人主義、個人の義務については逃げ姿勢で権利のみを主張する風潮、謝ったら自分の負け…
どこの文化の影響なのか…
日本が友好関係を重視するあの国の文化の影響が色濃く私たちの文化の中に影響を与えていうことは多くの人が感じていることではないだろうか?
訴訟社会… 個人の権利… 自由主義…
あの国では、交通事故などで自分に100%責任があると認識していても「私は悪くない。正しい行動を取った。」と主張するのがあたりまえだという。訴訟を背景に、自分に不利になる発言は一切しないという理由だそうだが。
それがあたりまえなんてなんかおかしくないだろうか?
私たちには権利だけでなく義務もあるのだから。自分の行いには責任を持つ。起こしてしまったことはあくまでも事実であって、その報いをうけるのも致し方のないこと。またそこ至った経緯は自分自身が一番よくわかっているのだから。
自分が悪かったと知りながら、逆の言い分を主張するのは自分に嘘をついているということになる。自分に嘘をついても当たり前とまかり通ってしまう文化ははたして正しいのだろうか?
私はそうは思わない。
これらの文化の影響は”我””エゴ”を増長する結果につながるのではないだろうか?
私たちの日本の今の風潮なり文化はその影響を色濃く受けていると言わざるをえない。
あの国のエゴは世界をも滅ぼす結果につながらないともいえない。
自分の考えが絶対に正しく、それにそぐわない考えのものは悪いものと見なす。
その見解からの「悪」をただすためには人殺しだって平気。そして正当化のための言葉を並べ立てる。
あの戦争も、あの国の言う大儀のもと行ってきたものだが、今となってはその大儀はどこへやら…
うやむやな状態になっている…
そして、新たに問題になっているのが兵士による捕虜虐待。
屈辱的な扱いをして、にこやかに笑ってVサインしている兵士の写真やら、死の恐怖を味わわせているもの…
捕虜虐待に関しての様々な事実が明らかになった。
それら虐待を行った兵士の処分を発表したものの、まだまだ真相解明には遠い現状のようだ。
それにもっとも私が悲しみを覚えたのは、実際に虐待を行った兵士の証言だ。
「虐待の行われた刑務所では上官の指揮系統がずさんなものであって、なんの指示もなかった。」というような証言をした。
だからそうしても仕方ないととれるような発言だ。
その兵士は、かの国の兵士である以前に人間であるし、人として行っていいことと悪いことは見分けのつく成人ではないか。こんな証言をはずかしげもなく言ってのける兵士、この国の風潮に心のそこからの落胆と悲しみを覚えた。
私たちは一個人であるとともにこの地球に存在する全てを構成している一要素なのだ。
外的世界との間では全ての存在が関わり合っているのだ。持ちつ持たれつの関係…
自分中心の見方をしていたって、その報いは自分自身に返ってくるのだ。
私たちは、もう一度正しいこと正しくないことを大きな観点から見直してみる必要があると思う。
今世界で起きている状況からそれらを考えてみる時期なのかもしれない。
(2004/05/17)
今、自分の中で外で今までとは違った流れが起きているように思えてならない。
またそれに伴う暗示的な要素を多く感じる今日この頃である。
再構築、(Restructure)というフレーズがしっくりくる。
文字通り再度構築するのだ。世では再構築を意味するリストラクチャー(リストラ)は首切りの代名詞のような扱いになっている感はあるが…
会社や組織の話でなく、自己の問題として。
そして、前提としてこのような言葉も念頭に置かなくてはならない。
この世の中で変わらないものは何一つ無い。しかし、唯一絶対不変のものがある。それはあらゆるものは「変化すること」である。
自己の中の今までは当たり前のように在って、今の現状ではそぐわないものは、それが不要であれば手放せばいい。でも、それも今まで自分自身というものを築いてきた一要素であることに
変わりはない。肉体の細胞も生まれたときからずっと同じものがあるわけでなく、今現在の自分を構成している細胞は生まれ変わりを繰り返しての存在である。しかし昔の構成要素と違うからといって
自分でなくなったわけではない。
今の私を築くためには、今に最もふさわしい形があるのだ。
過去の自分を築くための要素にしがみついていることになんらかの意味があるのだろうか?
ここのところたて続けに、PCが壊れる事態に見舞われている。それも2台しかないPCの両方がだ。
自分の中での”電脳”は自分の頭を暗示しているととらえている。それが壊れるということは頭の構造を壊せということなのかもしれない。
PCの話に戻るが、今まで作り上げた環境を作り上げその環境下ではそうであることが当たり前かつ快適であったはず。でもそれがアクシデントにせよ意図的であるにせよ、今まであった環境でなくなる。それは大変困る。
でも再構築しなければいけない状況になれば、いつまでも起きた出来事に文句を言い続けていたり、嘆き続けていたって、困った状況は依然としてそのままとなって。結果として自分の首を絞めることになる。
再構築をなすべく行動に出るための時間はどれくらいかかるかは人によるだろう。また、先の苦労を考えればそこで投げ出してしまう人もいるだろう。
再構築には、メリットもたくさんある。いままではそれが当たり前と思っていた(いや、思いこんでいた)環境は、実は自分の発展性を摘んでしまうような環境にあったことにはじめて気づいたり、本当はこうしたかったけど、環境を壊さなければできないことだったので躊躇して手が出せなかったり…というようなことにも
つながるのだ。
どうせならこれらをこの再構築の際にやってしまおうということになれば、さらに自分自身が今までとは違ったものとなり、結果としてさらに成長した自分自身を築けるかもしれないないからだ。
「ものごとは考えよう」とはよく言ったもので、ネガティブな体験は”悪いこと”と決めてしまえば、悪いことになるし、考えや観点を変えて新たな見方をしてみることで、それを”よい”ものに変えていくこともできるのだ。
私の中では、いままさにこの再構築の時期に直面している。
今の状況を嘆いてそれを続けるのも自分の判断だし、意を決めて構築に向けて力を注いでいこうと腰を上げるのも自分の判断だ。いずれにしても自分自身をクリエイトするのは自分自身。
悔いのないように行動していきたいものだ。
今この世の中で起きていることはネガティブな部分が多く、苦難や不幸、悲しみなどがうずまく悲観的な世界に感じられる人も少なくはないだろう。しかし、大きな目で見ればいまの世の中の人類という存在の再構築の 時期がきているかもしれないと考えることもできるだろう。
終末…アセンション…地球の次元上昇…いろいろ叫ばれている昨今ではあるが、次の世界に対応できる人類として再構築することで人類の未来が在るのかもしれない。
(2004/04/29)
ある物事があって、その経験を決定づけるものは何だろう?
同じ出来事に遭遇した二人の体験はまったく同じであるかといえばNOだし、何が違うのかといえば、もののとらえ方が違うことくらいだろうか。
では、物事をとらえるとは何か?どう決めるか?その決定は何によってか?
これは想念によるもの。想念は自分の現実を決定づけるエネルギーだ。
想念は単なる”思い”だ。とそうとらえる人もいるだろうが、想念なくして物事は決定づけられない。
私たちは、常にその都度、想念があることによってその現実の意味を決めている。
人に腹を立てる時… 例えば、「この人は常識がない!」という想念が流れた。ということ。
落ち込んでいる時… 例えば、人と比べて「自分は劣っている。」「あの人のほうが恵まれている。」という想念が流れた。ということ。
悲しさを経験する時… 例えば、「私は可哀想だ。」「努力が報われないことは悲しい。」 という想念が流れた。ということ。
いずれにおいても、”その時”の想念がその経験を決める。
”私”そのものではなく”想念”が。
想念を冷静に見つめる目があるということは自分を律し、物事をどう決めるかという選択権を自己の手中に入れることになる。
B.サルツマン氏が開発した自己訓練法に「猿を眺める」というものがあり、まさに自己の中に流れる想念をとらえ見つめるというものだ。想念を猿に見立てている。
怒りに我をも忘れているとき、猿が歯をむき出しにして大暴れしている姿を自己の内なる部分に見つけるのです。それをただ見つめる。そこで冷静になれます。
ここで、重要なのは価値判断なく見つめること。ただ在ることを認めるのです。「あ、自分はいまこういう想い(想念)を持っている」と。反省はソレに意味を与え、今度はこうしてはいけないとか、どうして自分はこうなんだ!とか自己卑下したり…ココではそんなことは重要ではなく、認識すること。また、その認識度合を高めていくことが目的なのだ。
それが自己を律し、自己を強くしていく方法なのだ。
やってみると、なかなかおもしろいもの。いつもハマっていたパターンは、ある物事に対して決まった想念を出すパターンそのものであることに気づく。
一日の終わりに5分、10分とじこの内面に目を向ける意識の練習をしてみるといいかもしれない。
(2004/04/28)
先日、ある勉強会に出席した際に紹介された本がある。その本のタイトルは聖書外伝『エッセネ派の平和福音書』/E.B.セイケイ著。
僕はキリスト教徒でもなく、また宗教に関して深い知識があるわけではないので、○○派がどういう考え方をしていて、どうだこうだ…ということは全く解りませんが、言葉の響きの印象は悪くはない、どちらかというと興味をそそられるものとして感じたのです。
キリストの教えが聖書以外の書物にもあって、聖書では全く触れていない多くの教えがあること、そしてこの本はそれらの文献を研究した著者が、健康に関する部分をまとめたものであること…そのような内容についての断片的な説明がありました。
どんな食事をすると健康になれるのか、人間が食べてよいもの悪いもの、悪魔を払うこと…などなど。
なぜか後々になってその本をどうしても読んでみたくなり、紹介してくれた方に聞いて買いたいと思ったのですが、一般の書店では流通していない本のようで、入手方法を聞いて手に入れました。
古めかしいくすんだオリーブ色のハードカバー本で、価格\1,000、またすぐに読み切ってしまえる本です。
この福音書の完全な記録はバチカン法皇庁図書館所蔵のアラム語で記された古写本とハプスブルグ家王室図書館にあるということ。本書はそのごく一部を紹介したもの。
本書なのかでキリストのかったった話の中の一部に、母なる大地から生まれた人間はその母と一体の存在であり、大地なる母を敬い、その掟に従うことが必要だと。その掟に従わないものは何人といえども生き続けることも仕合わせにもなれない。ということ。
そして悪魔(サタン)をこのようにひょうしています。邪な情事の歓び、漁色三昧の暮らし、飽くなき美食と痛飲の世界、放埒な人生、怠惰な生活、無為に過ごす安易な日々。これらは熊がその人の人柄を観てもっとも誘いに弱そうなものを提示してたぶらかしにかかり、人がその奴隷と成り下がったその日から、自分が手に入れたものの代償として、大地が惜しみなく与えてくれたものをことごとく悪魔に取り上げられる。これが病気であると。
私たちが健康を保つためにまず行うことは、母なる大地の一部であって、そのリズムに沿った生き方をすることではないかと思う。自分の欲に主導権を奪われ、対だな生活習慣や食習慣をしていれば誰でも不健康なものとなっていくのではないかと思うし、肉体の状態が心の反映であることを考えても心の持ち方も重要な要素だ。
キリストは本書の中で人々に断食を行うよう勧めている。
体の外側だけを綺麗にしてもそれではダメで、体の内側をも綺麗にしなくてはならないと語っている。
断食は病魔たるサタンを体から追い出すことと理解できる。
断食の過程においての苦しみや、肉体の痛みはサタンのもがきであって、その痛みなどからのがれたいと思う人間への誘惑でもある。そうして体内で居続けようとする。
ちなみに僕はこの本を読む前から、いままでに年に数回、断食をしてきた。
そのたびに体調は復活するし、免疫力強化のためか丈夫になるのを感じる。
そして先日から始め4日間の断食をして今日に至る。
4日間も食べないなんて耐えられない!と思う人も多いだろうが、やっている僕は全く辛くないのだ。逆にこのまま食べなくても平気だーなんて思い続けちゃうんじゃないかと不安になるくらい。(もちろんこれは誰でもというわけでなく、人によっての話です。また断食に関しては安易に行うのでなく勉強してから臨むことをお薦めします。復食等で誤ると危険なこともありますので…)
2、3日目くらいになると体のだるさを感じたり、頭が痛くなったり、息が臭くなったりとそんなことが起きてきました。
体は固形物を入れれば消化して排泄物として体外に出します。では、それらを入れなかったら…
体にとって不要な物を体外に出そうとします。普段と違って食べているものが無いわけですから普段と同じようにでるわけではありません。断食してしばらくすると出るんです。それは体の中に溜まっていた有害?で不要な物などが出てきました。
宿便ですね。(便秘がちの人のいう宿便ではありません。)腸の壁にしつこくへばり付いていたものが出るんです。
通常の便との違いはすぐにわかります。臭いが全く違うんです。臭いことにはかわりありませんが…
それに状態も…海苔を水溶きしたとうなものが大量に含まれ、粘性の強いもの。そんな感じです。
便だけでなく、緑色の痰や咳もでました。浄化作用が強くなるのでそのようなこともあるのでしょう。
体内が綺麗になる。というだけでなく心の変化があるというのも特徴の一つでしょう。
普段何気なく口にしている食べ物への感謝心というか、ありがたみが解ります。
おなかにしみる感じや、肉体をはぐくむものして働いている感じなどです。
いつもと違う物の見方や、感じ方ができるのです。
今回の断食は『エッセネ派の平和福音書』を読んだことに触発されて行いましたが、たまにやってみるのもいいと思います。
一日断食とか半断食などでも効果があるといっている方もいます。
断食療法や小食健康法などに興味があるかたはこの本をお薦め致します。
『断食・小食健康法』 /甲田光雄 著/春秋社
また『エッセネ派の平和福音書』の入手法をお知りになりたい方は私宛e-mailにてお問い合わせ下さい。
《お知らせ》『エッセネ派の平和福音書』は残念ですが2006/05/24時点で、完売となっているそうです。在庫はなく取り扱いなしとのことです。
(2004/04/14)
内閣府が「社会意識に関する世論調査」結果を発表し、日本で「悪い方向に向かっている分野」を尋ねたところ、治安を挙げた人の割合は4割もあったという。
私も実際に治安が悪化したなと肌で感じるようになった。
特に最近は子供が危険な目にさらさせることがあまりに多く、連れ去り事件などが多発しているし、イタズラ目的で連れ出して騒いだから殺したとか…
本当に怖い世界になってしまった。
10年前の日本はどうだったろう?アメリカでは行方不明になる子供が非常に多く…なんて話を聞けば、やっぱり犯罪大国アメリカ。怖いね。くらいに感じていたものが、現在ではそう遠くないものに感じられる。
もっというならば、私が子供の頃なんかは学校に忘れ物をしたといって、先生に家まで取りに行かさせたものだ。それももちろん一人で。今の時代そんなコトしたら場所によっては問題になるところもあるのではないだろうか?
「知らない人から声を掛けられたら絶対に付いて行ってはいけません。」はあたりまえ。
最近では「知っている顔見知りの人に声を掛けられても家の人にだまって付いていってはいけません。」と子供に言い聞かせなければならないのだ。
以外と顔見知りで「あの人が?!」とか「そんな人には見えなかった。」という人が悪の本性を持っていて子供達に襲いかかることが少なくはないからだ。
それほどこの世の中は不信がうずまく時代になってしまったのだ。
よく「未来はこども達の手にある。」と言うが、こんな不安で人を信じられない世の中で育った子供達がこれからの未来を作っていくとなるとかなり深刻な思いをせざるを得ない。
また、いまのこの時代を創ってきたのは私たちであるし、その責任も個人だから無いとは言えないかもしれない。
だからなんとか先の時代の子供達、できれば今の子供達が安心して生きられる世界を創るために何かがしたいと思っている。
子供が安全に過ごせない世界は不幸だ。
子供が安全に過ごせない世界の未来もきっと不幸だろう。
不安や不信の世の中は人と人との分離をつくり、心と心が離れて、孤独や寂しさの絶えない世となるのだろう。
だからその逆の世界にすべく目的を持っていきたい。
それも多くの人でできたらいい。みんながそんな意識を持っていけたら。
誰かがやらなければ自分もやらないではなく、自分一人でも「意識を持つ」ことが大事だと思う。
(2004/03/31)
テレビのCMでさかんに言われている「電気先進国日本」という言葉に疑問を感じざるを得ない。
日本は原子力発電に頼る割合が高いので、それに伴って作られる副産物である放射性廃棄物(高レベル廃棄物)を保管する場所が必要だと…だからそのために保管場所を募集しているそうで。
その高レベル廃棄物をどんなに密閉して安全だとお墨付き(本当に安全かどうかはべつとして)をもらったとしても危険物には変わりはないし、誰だってそんな危険物を自分の近くには置きたくないと考えるのは当たり前のことだろう。
いままで国は金にものを言わせて、また都市環境整備で綺麗な街並み??などをちらつかせ、原子力発電所や処理場を作ってきたのではないか。そんなやり方を続けていていいのだろうか…
でも、よく考えてみれば問題はそのことより以前の話で、今までの電気使用量の伸び率などの経過を見てみればうなぎ登りで増えていっている。これから先の予想でその延長線もまた角度が高く上へ。それを見せられれば、なんとなくこの先も電気使用量は同じようにうなぎ登りでいくのかと思ってしまう人も多くいるのだろう。
おまけに「怖れ」させる文句も忘れない。”資源に乏しい日本””化石燃料は産油国次第””世界状勢に左右される”など。
だから安定的に電気が供給できる「原子力」がいいと。
このようにレールは敷かれ、原子力発電をこれから先も続けていくためにはどうするか…とそんな言いぶりになっているように感じる。
電気の生産はなにも原子力によらなくてもできるもの。ヨーロッパ諸国では地力・風力など積極的に移行を試している。
そして、電気の使用量を今後は抑えていくような方向を考える余地もあるし、脱原子力を掲げる道もあるはずだ。
”先進国”というのは文字通り”先に進んでいる国”でしょう?つまり他国のあるいは後進国とか中程度の国の手本にならなければならないのでは?と思うのだが。
自称電気先進国日本は他国の手本になるようなことを使用としているのだろうか?
原子力を使えば、人間にとって害のある、いや地球環境にとっても害のある放射性の廃棄物が出ることは明らかなのだ。また使いようによっては大量殺傷兵器にもなりえるのだし。
あきらかに害のあるものを出し続けて何が先進国なんだと。
先進国と自負する以上に、地球環境破壊推進国家であり、環境後進国となりえていることも認識すべきだろう。
さて日本、何を目指すべきなのか?まずはそこからだろう。
物事はいろいろな角度から見てみる。
自分が「真理だ!」と思っていることも、たまには敢えて違った角度から見てみると違った見方ができるかもしれない。
思いこみや他者からのすり込みには気を付けなければ…
CMで感じたことから、なんとなくそう思ってみたけれど。
(2004/03/30)
私たちは日々刻々その時を体験している。
しかし、どの経験も同じ大きさ、密度で経験しているかといえばそうではないし、自分なりに、何の気なしにしてしまうものもあれば、その反対に執着してしまう経験もある。
さらに、同じ場面に遭遇した二人は、全く同じ経験をするかといえば、そうではない。
それでは、経験の密度について考えてみれば、それらを濃くするもの、薄くするものは何によって決まるのだろうか?
それは、「注意」を向けるかそうでないかの違いだとはいえないだろうか?
「ながら食い」なんて言葉があって、一般的には良くない食べ方の一つだ。さて、なんで良くないんだろう?
良い悪いは各人が決めることなので、そこを追求したいとは思わないが、何が違うのだろう?ということについて考えてみよう。
例えば、テレビを見ながら食べた時、新聞を読みながら食べた時には、その味についての印象は薄くなるのではないだろうか…
逆に落ち着いた状態で、良く噛んで食べた時には味の印象は濃くなるし、そこから湧く様々なイマジネーションも出てくるのではないだろうか。
実は僕は食事の時間が極端に短い早食いなのだ。食事の時間も惜しむような忙しい日々を送っていた時代の遺物として今もくせになってしまっている。治そう治そうと思いながらもついという具合。
そこで、「今日のこの食事を充分に味わうんだ」と、こんな事を思いながら食事をしてみた。
そう良く噛んで、そして目をつぶって味わってみた。すると不思議だった。
今まで感じなかったものがそこに見えてきたのだから。食べ物を噛んでその香りが口の中に拡がり、鼻に抜ける時により味わえること。など…
「良く噛んで…」という言葉は、消化を助けるためだけでなく、食事の味を十分に味わうための手段としても有効なのだろう。
注意を向けて食べるとこんなにも味が良くわかるものかなぁとあらためて思った。
その他の経験も、十分な注意とともに行うと、その経験をありありと感じることができるのだろう。
あと、リラックスの要素も大事な事に気づく。なにかに抵抗しながら経験してもその経験は十分でなくなるし、緊張しながらでもまた然りである。
だからどんな経験も力を抜いて…”味わおう”とする意図も大事なのだ。
この世で経験することはみな貴重なもの。
その経験を自分の魂にとって大きく意味のあるものにするのも、浅いものにするのも自分次第だとそう感じた。
(2004/02/29)
私たちが行うあらゆる行為は、もともと何かの意図があってはじめてその行為に至るもの。
また、その意図は何に根ざしたものであるか?で他者や世界に与えるものもまた違ってくる。
愛に基づいて行う行為はその人自身にも世界に対してもきっと意味のあるかたちを生み出すだろう。
かたや「愛」の反対、「怖れ」や「不安」に根ざした行為は、更なる恐れや不安をつくり出したり、問題となることが連鎖する方向になることが多い。
「愛」の対局は「怖れ」です。
ある新興宗教団体のいくつかはは”恐怖支配”というかたちで信者を募っていると聞く。
例えば、来たるべき天変地異、大地震では多くの人々が亡くなってしまうが、○○を信じ(その宗教の教祖の言葉とか??)徳を積めば、信者は生き残ることができると。生き残った者達で新たな世界を再建する・・・なんていうのがあるかも。
まさしく恐怖によって人の心を支配しようとする魔界の観点だ。
自分たちが生き残れば他者はどうでもいいのだろうか?
そこで、自分の大切な人が天変地異後も共に生きられるように、熱心にその宗教を奨めることになる。その信者にしてみれば他者を救うべく行っている愛の行為のつもりなのだろうけれど、手段がまた恐怖支配では…
その先何を生み出すというのだろう?
さて、イラクへの復興支援ということで自衛隊がイラクへ派遣されていくが、いったい何のために行くのだろう?
「何のため」というのは、本当の意味の目的のこと。
人道的支援とは言うが、日本という一国の意図としては本当に胸を張ってそういえるのだろうか?
かつて湾岸戦争の時の支援としては、日本は多大なる額の金銭的支援というかたちで示した。
それにもかかわらず、世界からは冷ややかな目で見られたという経緯がある。
人的貢献がない。金を出しているだけで血を流さない。などなど。いろいろ言われたのは多くの人の記憶にあるだろう。
それがそうとうのトラウマになっているのか?今回の自衛隊派遣に至るまでには行く行かないの論議をするというよりは、はなから「今回は人的支援」と構えていたように思えてならない。
また、世界から「カネだけ出して・・・」と言われたくなかった。それが怖かった。というところが大きいのではないだろうか?
だから世界に向けてのポーズを見せたい。
怖れに突き動かされたところはないだろうか?
怖れに根ざすことは、愛ではない。
何より今大切なことは、この戦争で困っている人達の、本当にしてほしいことを理解してできるだけそれに沿うようなかたちでサポートすることではないだろうか?
一部の報道では、自衛隊派遣の地サマワの人々は、仕事がないことで生活ができなくて困っているという。
日本に何を期待しているかといえば、「企業をよこして仕事をくれ」というのが彼らの望みでは?
自衛隊派遣費用は総額377億円だといわれています。
例えばこの額をイラクの人々に分けて使ってもらうのもひとつの人道支援なのではないだろうか?もちろんただ闇雲にお金を配るのではなく。
ちなみにフランスのNGOは6000万円あれば、10万人の住民に一年間水を供給することができるそうですが、給水支援を大きな事業としている自衛隊は総額377億円というこれだけの税金を使ってほんとうに現地の人々に喜ばれるような支援ができなければ、それこそ何のために行ったんだ…ということになりかねない。
過去のトラウマによる恐れから、アクションだけを見せ、既成事実をつくる為に。というそのような派遣であってはならないし、何より愛に根ざした意図で行ってほしいと切に願います。
「愛」に基づかないものは遅かれ早かれいずれ滅んでいきます。
(2004/02/23)
ついこの間、三歳になる娘の手を引いて近所を歩いていて、横断歩道にさしかかった。
歩行者用の信号は「赤」を示している。
僕は信号を指さしながら娘に向かって「いい?あそこがね、赤いでしょ。あそこが赤の時にはこの道路は渡っちゃいけないっていうことなんだよ。」と言って教えていた。
するとそんな会話をしていることを知ってか知らずか、その脇を小走りで信号無視をして走り抜ける男性がいた。
娘は「パパ〜ほら、赤だよ。」「だけどいっちゃったね。」
娘がどうしてなんだろ?って疑問を持つのは当たり前。
「うーん、ああいう人もいるんだよ。でも信号が赤の時には渡らないで、青になったら気を付けて良く見てから渡るの。」といってその場を後にした。
これを読んでいる皆さんはどう感じただろうか?
「いつも人の手本になるようにしなきゃね。」
「自分の命は自分で守るんだ!」
「車が明らかに来ない道路で信号待ちをするなんてバカだ!」
「すべてのルールを守っていたらやってられない。」
他にも色々な意見があり人によって観点も様々だろう。
かつては僕も「自分の命は自分で守るんだ!危ない目に遭うのも自分の責任」なんて大腕を振って言っていたことがあった。が、それは今となっては恥ずかしいことだ。
自分が誰にどんな影響を与えるかなんて全然気にしていなかったし、ましてや小さな子供と無縁の生活を送っていれば子供への教育上なんて気持ちすら皆無に等しかった。
しかし、今子供を持つ親の一人となってみて、過去のそんな自分勝手な思いを大変恥ずかしく思うし、情けなく思う。
自分の確固たる信念を持って生きるのはある意味必要なことかも知れないが、思いこみが自分自身の外にどう影響するのか?ということも少しくらいは考えたほうがいい。それがなければ自分の決めたルールに世界を従わせようとしているようなもに等しいのではないだろうか。
この世界では周りにいるすべての物事や人と関わり合って生きている。影響を与えたり影響を受けたり…
そういう意味では「すべてはひとつ」である。あらゆるものを含んで、当然自分自身をも含み…
だから、いつも自分自身はすべてなるものを構成しているメンバーであるという意識が必要なのだ。
せめて、子供の前では”自分が見本になっているかも知れない”というくらいの意識をもってはいかがだろう?
自分のルールでは、「自分の命は自分で守る」が正しいと思っても、幼い子供には当てはまらない。そのうえ、周りの人達のマネをしていろいろ覚えていくのが子供なのだ。
良いこと悪いことは誰が教えるの?私たち大人でしょう。
私たちは、自分自身が世界にどのような影響を与え、また世界からどのような影響を受けているか?気づくにせよ気づかないにせよ、間違いなく与え受け、つねにすべてなるものと関わっているのである。
そんな観点を持って自分の行いを省みてみる機会をつくるとどうだろう。
そこに何か見えてくるかも知れない。
(2004/02/06)
「ことのは」大和言葉で、「言葉」を意味するもの。言の葉、光透の波・・・
色々な表記、意味合いがあるそうで…
何気なく使っているこの”言葉”は見方によれば魂の分身ともいえる。
自分が悪気無く使った言葉が人をひどく傷つけたり、逆に何の気なしに言った言葉がその人の人生を変えるような救いの一言になったりもする。
その人がその言葉を想い出す時、その言葉を放った人のこと、その時の情景も同時に思い浮かべたりすることはないだろうか?
その言葉は時間や空間を超えて結びつける「なにか」となる。
そんな力を持つ「ことのは」は言の葉を放つ人の魂の分身であり、心である。
自分の人生を振り返る時、「言葉」と同じように、人生その節目節目で思い出すメロディ、歌はないだろうか?
僕にはそんな経験とともに、歌や音楽、メロディがある。
傷心を癒したあの歌詞、心が荒みきっていたあの時によく聞いていたあの音楽、そしてうったえていたあの歌詞…
歌は心だ。もちろん色々な意味で。そして同じ歌や音楽も人によって時代によってまた意味も変わっていく。
僕が高校生の頃…そう20年も前のことだろうか…
そのころ流行っていたというより、その時の音楽の風潮(高校生の)はヘヴィメタ全盛の時代で、バンドをやっていたり、その手の音楽を首を縦に振り振り聴いていたなんて時代だった。
だけど僕はそういった音楽が大嫌いだった。
その時に僕が聴いていた音楽はoffcourse(オフコース)。よく周りからはそんな音楽聴いて何がいいんだ?とかもっと男らしい音楽を!なんて言われた記憶がある。当時の、すべてとは言わないが男子高校生の中では世の中の流行というものに全く乗っていなかった一人だったろう。
なんでオフコースの音楽が僕になじんだのだろう。その第一の理由に歌詞が心に響くからというもの、そして繊細な音の響き。すべてが魂と共振した。
それからずっとオフコース、そして小田和正氏のファンの一人として今に至っている。
小田さんも今や老若男女に受け容れられる音楽を創り、知名度も高く、音楽界でも一目置かれる存在になっている。
そんな去年のクリスマスイブ。TBS系で毎年恒例になっている、『クリスマスの約束』という番組があるのだけれど、その番組は小田和正氏が選ぶ往年の名曲から最近のヒット曲までを彼の解説とともに心を込めて歌い上げるライブである。「アーティスト同士がお互いに認め合い尊敬しあうことが大事」との意図のもと、彼が歌うことでその思いを表現する。もちろん、思いを表現するだけでなくさまざまなアーティストとともに歌うことで、その思いを伝える。番組に先立って、アーティストたちに「一緒にステージで歌ってくれないだろうか?」という依頼の手紙を書き、その手紙のなかで「もし来てくれなくても僕はひとりでも歌う。」という『約束』をすること、そのステージが『クリスマス』にあることから『クリスマスの約束』という名前が付けられた。・・・というもの。
久しぶりに彼のライブを見て聴いて、心が震えた。
『言葉にできない』オフコース時代の大ヒット曲だ。聴いているだけで彼の発する波動と心、歌詞・言葉の持つ意味や情景が伝わってくる。これが歌のよさなんだな…としみじみ感じた。
そして言葉というものの大事さ。その意味、与える影響についても深く考える経験だった。
僕は、自分の言葉を大事にしているだろうか?そうして考えてみたりすると自分の中に反省すべき点が多くあることに気づかされる。
(2004/01/30)
この「まいるうむ」というコラムのコーナーをはじめて今年で6年目を迎える。これまでにいろいろな事を思いしたためてきた。たまに昔に書いた自分の記事なんかを読んでみて今あらためて気づかされるなんていうこともあったり…その時の経験や感じていた空気を感じたり。
こうやって続けてきた今までには多くの人からの共感のメールや励ましの言葉をもらったりしてきて自分にとっても役立つものとなっている。
ということで、これを読んでいただいているみなさま、本年もよろしくお願い申し上げます。
そう、心新たにこの一年をスタートさせる。
まず、今年の抱負は?なんてありふれたフレーズからはじめてみると…
「意図して自分の内面の向上を図る。」
今年は大和魂、武士道、精神性というものが世界に大きく関わってくるような気がしている。
というのは…今年の元日に「ラスト・サムライ」という映画を見に行った。そんなことも関係しているかもしれないが、何らかの意味のあるシンクロニシティでもあるのだ。
毎月1日は近くにある天祖神社での朝拝がある。そこで宮司さんが生命(いのち)の言葉<東京都神社庁が毎月出しています>の解説を行ってくれるのだ。昨年、4月の生命の言葉は「己に克つためには(克己の理想) 心の安らかさを保つことである」 新渡戸稲造 であった。この文句は氏の著『武士道』にある言葉だ。その時の説明ではじめて知ったのだが、この『武士道』なる著書は英語で書かれた本であるということ。日本の武士道たるものを世(世界)に知らしめる大きな役割を担っている。
この時には、「へぇ、面白いな」程度で、さして興味を持って掘り下げていこうなどとは思っていなかったが、それ以来五千円札を見る度に、「この人が『武士道』をかいた人なのね。」と思うようになった。だから何となく『武士道』というフレーズが頭にあるようなことが多かった。
そして、話は「ラスト・サムライ」に戻るが、「大変素晴らしい映画」と本当に言えるものだった。西洋人に真の武士道、日本の精神性を映画というかたちで学んだような感じだ。そして、自分が日本人であることが誇らく思えた。
何事にも精神を込めて一所懸命に取り組み、何ものにも生命が宿るとさとり、自然と調和し、さだめを受け容れ、和をもって接する。
これらの言葉のどれをとってみても、私たち人類が意識的に目指さねばならないような精神の方向性といえるのではないだろうか?とそう感じた。
近いうちに『武士道』を読んでみたいと思っている。
また、今年も新年になると同時に氏神様へ初詣にいった。
例年おみくじは年に一度ひくということで、その年一年をうらなう自分への神の言葉としている。
そして、今年のおみくじに書かれていたことは…(おみくじは吉凶よりも内容が大事です。)
(神の教え)
遣い様では宝の金が、其身亡ぼす仇となる
自然にあるものには自ずから霊がある。造られた物には、人の力と魂がこもって居る。
いや物悉く心があり、神の光が輝いている。だから物を粗末にする事は、神を粗末に扱う事になる。人も物も大切に、生かして使い、生かして働かせねばならない。
ではじまり
見る人の こヽろこヽろ にまかせおきて 木末(こずえ)にすめる 月の影かな
という歌も書かれている。
上記の神の教えで、伝えようとしていることが、「ラスト・サムライ」のなかで語られていたことにビックリしたとともに、明確なメッセージ性があると感じ、一年のはじめに受け取ったこの教えを大事にしていこうと思う。
自己の意識は、使いようでは自分自身を高め世のためにもなるが、傲りや自己都合ばかりを求めるエゴの意識では身を滅ぼすかたちとなる。といっているように思える。
昨年から自分の心の中に確立しつつある、「自己の内面を見つめ、自己を律する」という行いを大切にしていこうと心新たに決意したところだ。
(2004/01/07)
21世紀に入って3度目の年、2003年を終えようとしている。
今年一年という年は、世界にとって、また私にとってどのようなものだったろう。
世界にとっての大きな悲しみはイラクへの攻撃にあるのではないだろうか?
この戦争でまたもや罪のない人々が悲惨な死に方をしている。恐れや憎しみ、そして残された家族や恋人、友人の悲しみ。この思いのエネルギーは人類にとって大きなマイナス要素となることだろう。
今の世界は幸せに満ちているだろうか? いや…
残念ながら今現在この世界で起こっていること、創り出されていることは、人類全体の意識の反映なのだ。
でも悲観ばかりはしていられない。
自分自身の意識を高い意識にしていくための行いをしていくことがみなそれぞれにとって大切なことだ。それが世界を変える一歩となるのだから。
今年一年の個人的な事についていえば...
以前に比べて、自分の心の動きが良く掴めるようになったのではと感じている。
骨折で数ヶ月間不自由な日々を過ごすというカルマの代償を支払ったこと。
これが、今思うと意識的変化のきっかけになったのではないかと思っている。
意識が変われば、自分の見る世界も変わる。
いい言葉ではないがある人との腐れ縁的な関係が断ち切れた。ものでも人でも最初は気に入って猛進し、でもすぐに飽きてしまい挙げ句の果てにはそれらやその人々に対して悪態をつく。そして切り捨てていく。そしてまた目新しいものを見つけてはそれに…そんな人だった。
類は友を呼ぶといいますから…いままで、腐れ縁にしてもその人を寄せ付けていた自分も同じような要素を持っていたのかも知れないと今は感じている。
その人の行いも、その人なりの生き方があるのだとある意味感心していたけれど、いまはなぜがその人の行いや振る舞いには空しさを感じる。
この一年を通し気づいたことがある。一つ一つ先を急がず十分な経験をしようと思っている。
この一年には色々な方との出会いがありました。そしてお世話になりました。
感謝とともに今年一年を締めくくりたいと思います。
(2003/12/31)
今年の夏前のこと、新聞の投稿欄でとある記事が目に入った。
「一生を幸せでいたいのなら…」なんだか興味をそそるタイトルだったので取りあえず読んでみた。
内容はこんな感じ。
ある男性が日曜日の昼下がりに喫茶店に入った。コーヒーを飲みながらタバコを灰皿に置き、週刊誌を読んでいるうちに煙草の火をテーブルクロスに落として焦がしてしまった。
シュガーポットで焼け跡を隠して帰ってしまおうかと迷っていたところ、ふと西洋の次のようなことわざを思い出したと…
一日だけ幸せでいたならば、床屋へ行け
一週間だけ幸せでいたなら、車を買え
一か月だけ幸せでいたなら、結婚をしろ
一年だけ幸せでいたなら、家を買え
一生を幸せでいたなら、正直でいることだ
その男性は喫茶店の女性に正直に告げたということだ。
「すいません。不注意でテーブルクロスを焦がしました。」
その女性は男性にいいました。
「えらいですね。正直で。普通は、灰皿やコップで焦げ跡を隠しますよ。」
小さな幸せを見つけた日曜の午後だった。とその男性はいう。
・・・と、私自身なんか考えさせる記事だった。
正直でありたいと思うものの、なかなか実行するには勇気がいることだと思う。
この男性も正直に自分のしたことを告げるまでにはきっと心の中での葛藤があったりして、勇気をふりしぼってのことだったろう。
正直に言った結果、相手にどう思われるだろうとか、自分にどのような事態が待ち受けるのか…など不安や恐れが当然あっただろうに。
正直でいるためには不安や怖れに立ち向かい、それらを克服できる心を持たなければならない。
いつもいつも不安や怖れに屈しているということは、自己の成長もそのまま。不正直を継続することになる。
自分に嘘をつくと、かなりの割合で自分自身のパワーがダウンします。
筋反射テストやO(オー)リングテストで試してみるとわかる。
私たちは不正直でいる限り自分自身の本来の力を発揮できない。
また、嘘を嘘で固めるために使う注意も自分自身のパワーを浪費する。
一生を幸せでいたいのなら…
やはり正直さは大切な要素なのでしょう。
(2003/12/18)
「靴のセールスマン」って話を聞いたことがあるだろうか?
よく会社に入り立ての新入社員が入社時研修などで耳にすることもあるかと思う。
こんな話…
二人の靴のセールスマンがいた。イギリスのセールスマンとアメリカのセールスマンだそうだ。
セールス先はどんなものか聞かされていない。
そして、セールスに行った先は大変な未開の地で、人こそたくさんいるものの、腰みのを付け上半身は裸の原住民しかいない場所だったのだ。
もちろん足は…”はだし(裸足)”
そこで、それぞれのセールスマンのコメント。
(イギリスのセールスマン)
「お〜!なんてことだ!こんなところだとは聞かされていなかったぞ。」
「こんな原住民に靴を履かせることなんて無理だ!あ〜。」
と、嘆きあきらめの気持ちで途方に暮れたとか。
一方
(アメリカのセールスマン)
「わぉ!これはすごい!」
「これは靴を売るための巨大なマーケットだ。」
「さぁ、この人達に靴の利便性と価値を説明するために頑張るぞぉ!」
と、喜びと同時に前途の希望を持った。
というような話。
この二人のセールスマンの直面する状況は、未開の地に立つセールスマンということで同じもの。
でもこの人達二人の体験する現実は「絶望」と「希望」の正反対だ。では、どこに違いがあるのだろう?
それは視点だ。見方だ。
私たちの体験する現実も、要は見方、視点の問題に他ならない。
でもでも、この見方や視点も自分がどのような方向に向いているのかを知らないことには対処の余地はない。
ネガティブシンキング、ポジティブシンキングと良く言うが、先ほどの靴のセールスマンの話にてらして、ポジティブという考えがどうこういうものの、自分にこの人たちを理解説得させるだけの話術があるかとか能力があるかとか…という自信の問題もある。
自分の心の動きや状況を良く見きわめる必要が多分にある。そしてその見地から、不要なものを手離し、あるいは自分に足りないものを補うように自分自身をクリエイトしていけばより効果的な自分自身の現実創造ができるのではないだろうか?
やはり自分自身を見つめ、理解することは大事なことなのだろうなと感じている。
(2003/12/10)
私たちは普段の日常で様々なものに抵抗している。
例えば最近ではあたりまえになった抗菌グッズ。
抗菌ソープ(石鹸)、抗菌食器、抗菌まな板・・・数えていけば切りがないほど。
先日、本屋さんで立ち読みをしていたら、こんなコメントが目に付いた。
この本はたしか神道関係のことが書かれている本だったんだけど”抗菌時代の弊害について”なんて神道とあまり縁のなさそうな文字が並んでいたので「ん?なんだろ?」ちょっと興味があったし、短い文章だったので読んでみることにした。
内容は、近頃なんでも抗菌抗菌といってバイキンに抵抗して、「キレイ」「清潔」という言葉で”良かれ”と思っているかも知れないが、将来的に見れば結局は菌に抵抗できない弱い立場をつくりだしているのではないか?と。
完全に安全な囲いの中から出ることなく育った者は、その囲いを出た時にはその他の者から比べれば非常に弱い存在になる。
確かにそう言えばそうだな。
一頃、病院でのMRSA院内感染の記事が頻繁に出ていた。これも菌に抵抗した結果、相手(菌)もさらにそれに対抗して強さを増し、抗生剤で対処できないくらいの強力な菌になって襲ってくる。
私たちの身体も時代の流れとともに知らず知らずのうちに抵抗を繰り返しているのかもしれない。
最近のこどもはアレルギー体質の子が大変多くなっているとよく聞く。
子供のためと言って徹底的に家中のほこりを取って、神経質になっている親を持つ子供ほど、様々なアレルギーで不自由を強いられているのに対し、以外や以外、ペットを家で飼っていたり、わりと無頓着でいるような親のこどもはアレルギーなんてないなんていう話もよく聞く。
これらはもちろん誰にでも当てはまる話ではないし、どちらが良い悪いではないと思うけれど、親の世代からの流れもあるのだろうが、こういう現実もこれらと何らかの関係があるのではと思ってしまう。
(2003/11/28)
昔々、僕が確か中学生くらいに聞いたことだったと思う。
「ライバルをけ落とすためには、その人をとにかく褒め殺す。そうすればいい。」
こんな言葉がふと心に浮かんだ。誰がいったんだろう?もう忘れてしまったけれど…
ところで、なんで褒め殺せばライバルをけ落とすことができるんだろう?中学生の頃にはけ落とそうとしているとするライバルがいたわけでなく、またそんな意味まで考えなくて、「へぇ、そうなんだ。」と聞き流していたことだった。
でもでも、なんでだろう?
その頃に比べれば僕自身も少しは成長しているのか、いろいろと考えが繋がってくる。
褒められれば誰だって嫌な気はしないと思うし、むしろ気分がいい。そういう人が圧倒的だと思うがどうだろう?
ここで、大きく分ければ二つのタイプのパターンがでてくるのではないだろうか?
もう有頂天になって、自分自身が本当に相手の言うが通りの存在だと勘違いしてしまう人。
褒められたことに素直には喜ぶけれど、自分を含め様々な意見の一つとして謙虚に受け止める人。
前者は自分はすごいんだ。人よりすごいんだなんて気になってしまうのかも知れない。そこから努力する気持ちや更なる向上心などが多少力を失ってしまうのではないだろうか?
”自分はすごいんだ”という「傲り」の気持ちがその人自身をダメにするのだ。
自分自身を知っていることは正しい道に進むための力であり、盾になる。
ある意味、先生と呼ばれたら要注意かもしれない。
そんな時に傲りの気持ちで自分を見れば自らを堕落の道へと進ませることになるかもしれない。
自分自身を見つめる心がなければ…
律する心が己の姿を形作る。
自分の心の動きを常に掴めている状態であれば、進化への道も順調に進むことだろう。
この話は自分自身への警告でもあると思いながら…
(2003/11/26)
さてさて、その意味とは?
この怪我をする数日前から、夢見が悪く毎日毎日気分の悪い朝を迎えていた。いつも夢見が悪いと神社に行って浄めのお願いをしていたので、この時も毎日のように出向いていた。そんな日々が続いたあの日。
骨折したあの日の朝…隣家に住む母のところによってから用事をすませに行ったのだ。
その時のこと…
母:「あれっ?今日は何日だったっけ?」
私:「9月11日」
母:「なにかあった日だったと思うんだけど…」
私:「NYのテロのあった日でしょ。911ってよくテレビでもやってるでしょ。」
母:「いや、そうじゃなくて…」
私:「ん?」
母:「確かいたはず。今日が祥月命日の仏様が。」
私:「そう…」
母:(仏壇奥の位牌を見ながら)「あー、やっぱりそうよ。」
私:「へぇー、気づかなかったね。」
母:「私の姉にあたる人」(母の生まれる前に幼くして亡くなった兄弟)
私:「知ってはいたけど、命日まではわからなかったね。」
こんな会話をしつつ、お線香もあげずにそのまま家を出た。その道すがらの怪我だった。
実はこの仏様、母の生まれる前に幼くして亡くなった兄弟で、それも3人もの兄弟がいたのだった。
そしてお骨は遙か遠くの秋田県にあるのだった。母はいままで一度もそのお墓にはお参りしたことがなかったので一度は行こうと計画を立てていた。しかしながら計画を立てるとどういったわけだか都合が悪くなりいけずじまいだった。
計画をたててから十数年もの長い間行けない状態でいたのだった。
また、奇妙な事に気づいた。私が怪我をしたのは9月11日、また今年に始め母も骨折をした。その日が2月11日。たった2つも符合しかないがどちらも11日に起きた出来事。さらに骨折というもの。
11日が命日の仏様…
グアムから帰ってきた後、なんとなく…これは呼ばれているんじゃないだろうか?という気がしてきた。
そこで、母に秋田に墓参りに行くことを提案してみた。
この計画には幸いしたことは、ギプスをはめた状態では仕事ができず、2か月の間はスケジュール的には自由だということ。
計画はトントン拍子に進み、母と私の家族で行くことになった。
行ってみるとお墓は手入れされておらず、荒れていた。遠い親戚が管理しているとのことだったが、ひどい状態だった。
みんなできれいに掃除をし、見違えるような感じになった。
さらに過去帳を見せてもらうと、9月11日に亡くなった仏様の記載がなぜか11月11日になっていたのだ。どちらが本当なのかと気になったのでお寺のお坊さんに調べてもらったところ、やはり9月11日が正しいということで、過去帳の記載も修正してもらったのだった。これは私たちが東京から出向かなければきっとわからなかったことだし、母も悲願の墓参りができたことで気が軽くなったといっていた。
私たち一同はなんだか長年の重りをおろしたような気分になっていた。
こじつければ何とでも言えるかも知れない。
でも、私にとっての骨折は、先祖の仏様からに知らせがあったのだと思っている。
なにが不幸で何が幸いか?なんてわからない。
様々な出来事も自分の取りようなのである。
骨折療養の2か月も人生の長期休暇とでもとらえてみよう。
この期間で普段できないことができれば、それはそれでいい意味で価値のあったものとすることができよう。
(2003/10/16)
私は9日間の遅い夏休みを今月(9月)にとった。家族で海外旅行に出発というその初日のとある日、左鎖骨骨折という大けがをしてしまった。
夜遅くの便だったので、夕方までははワリと余裕の予定だった。そのはずが!
状況を言ってみると…
午前中に銀行に用事があり駅前の銀行に徒歩でむかい、踏切を渡ろうとしたその時、前につんのめるかたちで転んでしまったのだった。躓いたわけでなく…なぜか…
それもどういう加減か左肩を地面に強打して、肩の他肘や手にもひどい擦り傷をつくってしまった。
ただ転んだとは思えないような怪我の仕方だった。
さらに不思議なのは、午前10時半すぎだというのに踏切を通行する人は私の他誰もいなく、車さえ全くいない状態だった。踏切内でどれほどの時間が経ったのか感覚は無かったが、立ち上がり放り出された荷物を取る時には踏切は両側とも下りた状態で、カンカン…と警報が鳴り響いていた。
銀行の用事をすませたが、肩に違和感を感じ、痛みもひかなかったことから、病院で診断を受けた。
レントゲンを撮って待っていると「鎖骨が折れちゃってるよぉ!」と先生の声。なんてことになったんだ!!よりにもよって今日から海外に行くことになっているのに!
「あのぉ、今日から海外に行くことになっているんですよ…」といって見た。「えーーーーーーーーっ!」「あっらぁーーーーっ」みたいなリアクションをして、「で、どこ?」と聞くので、「グァム」です。と答えた。もう絶対に行っちゃダメと言われると思ったけど、「んー、3時間半のフライトでしょ…」「ま、いけないこともないけど…」と。奥さんも呼んできてということで、二人で注意を聞いた。旅行中の御法度事項、絶対に荷物を持たない、左手では持たない、絶対に泳いだりしたり、大きく動かしたりしない。という約束でギプスをはめて行くことになった。
で、その先生、つい一週間ほど前にグァムに行ったということで、お勧めの観光ガイドなどもしてくれて和やかな一時だった。
しかしこれからのことを考えればそう和んでもいられない。全治2か月!
仕事も制限されるし、不自由だし。
それに直面している問題、今日から行くグァムはどうすれば?子連れで、おまけに父親は荷物を持てない?
もうドタバタで大変は大変だったんだけれども、楽しくグァム旅行を終え帰って来ることができた。
人生、こんなこともあるんです。
ただ、この怪我には重要な意味があるに違いないと思えてならなかったのです。
(2)に続く。
(2003/09/24)
「今年の夏は異常だ!」「異常気象が世界を襲う」なんて言葉をよく耳にした夏だった。
去年と比べてみれば今年の夏はまさに冷夏。去年は暑くて暑くて夏バテして大変だったなーなんて思い出したけれど、今年に限っては夏バテなんて声もあまり聞かない。
さて、話はまったく変わるけれど僕は毎月1日に我が家の産土神社である天祖神社でおこなわれる朝拝に参加している。そこでは宮司さんとともに祝詞をあげたりして詣るわけなのだけど、それだけでなくその朝拝の時間の最後に宮司さんのお話があるのだ。
今日のお話ではまず、「異常気象だ」とか「今年の夏はおかしい」とみんなこぞって言っているけれど、これらには人間がいつしか傲りの考えが身についてきて、気象さえも自分たちでコントロールできるものであるという勘違い、傲りがつくったものだというものであった。
おかしいのは気象のほうではなく、私たちがおかしいのだと。
「うん、確かに」と思った。
人間といえども自然の中に組み込まれている生物であるし、けっして他のものより偉いとか優れているとかではないはずなのに、身勝手な考えのもと、自然さえも手中に収めてしまっているような気分でいるのかもしれない。
もともと自然予測なんて事は人間にはできないもではないかと思えてくる。
自然との共生ということを観点に自分の行いもあわせていくことが本来の私たちの在り方なのかもしれない。
(2003/09/01)
私が住む東京の板橋区は幹線道路がとおっていたり、小規模な工業地帯を含む場所でもある。
空気汚染や公害のニュースでは必ずといっていいほど名前の出る大和町陸橋も板橋区内だ。
そんな板橋でも夜空は確かにある。空気の澄んだところとは比べものにならないくらいの曇り具合だけど…
いまのタイムリーな話題は、「6万年ぶりに火星が大接近!!」というもの。
6万年ぶりだといわれれば、見てみたくなるのは僕としては当然のこと。
南東の方角の夜空にひときわ輝く星が火星とのこと。(21時くらい)
確かに輝く星はあった。しかし、東京の空で見える星の数は非常に少ない。残念なことだ。
そんなことで娘を連れ立ってプラネタリウムに行くことにした。
東京ではここ近年プラネタリウムが姿を消してきた。渋谷の五島プラネタリウム、池袋のサンシャインプラネタリウム。
しかし幸いなことに板橋区ではとっても立派なプラネタリウムがある。それにとっても安い料金でみられるのだ。無料投影もあったり。教育科学館という施設があるのだけれど、我が家からは歩いていける距離にある。
ここの地に十数年も住んでいながら、はじめて足を踏み入れることになった。ほかにも、遊びながら科学を勉強できるような施設があったりしてとってもよかった。
そして、プラネタリウムの投影がはじまった。最初はまだ太陽が沈まない時刻の空が映し出されていて、だんだんと日の入りそして夜がやってくる。無数の星々が広がる。いつもの東京の空ではみることのできな夜空だ。「天気がよくて空気が澄んでいて曇りがなければ、本当はこんな夜空が見えるんですよ」というアナウンスが。
「うーん、そうか。本当はこんなに星があるんだよなー…」と擬似的な夜空ではあるけれど感動できた。
「すごーぃ、パパ、お星様がこんなにいっぱいだよ!」娘もすごく喜んで興奮していた。
僕にとっても娘にとっても、とっても良い経験だったとおもう。
きれいな夜空をみると、なんだかとっても心が解放された気分になれる。
そんな夜空なんて珍しくないさ。毎日のことだ。という人もいるかもしれないが、僕と同じようなところに暮らす人にとっては星をみることさえ貴重なこととなってしまったのだ。
たまにはきれいな夜空を見上げることは心のリフレッシュにもなるのではと思っている。
(2003/08/28)
以下に教育科学館の情報を掲載しておきます。
よろしければ一度行ってみてはいかがでしょう?
板橋区立教育科学館
ホームページ/http://www.ecopolis.city.itabashi.tokyo.jp/edu/kagaku/home.html
《場所》
東京都板橋区常盤台4-14-1
《交通》
東武東上線上板橋駅北口下車 徒歩5分
都営三田線方面からは、西台駅前より無料循環バス有り
| 電話番号 | 03−3559−6561 |
| FAX | 03−3559−6000 |
| テレフォンサービス | 03−3559−9111 |
| 開館時間 | 午前9時から午後4時30分 |
| 入館料 | 無 料 |
| 休館日 | 毎月第3月曜日(祝日にあたる場合は、その翌日) 年末年始(12月29日から1月4日) ※その他、臨時休館日有り。 |
| プラネタリウム観覧料 (一般投影) |
おとな 300円 こども 100円 ※こども料金は、2歳以上高校生まで。 ※高齢者や身体障害者の方等には観覧料の減免があります。 |
| プラネタリウム投影時刻 (一般投影) |
火〜木曜日 15:30〜 金曜日 15:30〜 19:00〜 土・日・祝祭日 13:30〜 15:30〜 ※月曜日の投影はありません。 ※番組組込期間及び保守点検期間は休演します。 |
| 団体利用 | 20名以上の団体でご利用の場合は、あらかじめご連絡ください。 プラネタリウムご観覧の場合は、団体割引がありますので必ず事前にご連絡ください。 |
(2003/08/28)
私たちは「集中力」とか「もっと集中して!」なんていう言葉を耳にする機会も多くあると思うのだけれど、その”集中”って一体なんだろうか?単純に言ってしまえば、注意を集めることだ。
じつはこの「注意」(=attention)はなにを経験するにも必要不可欠なものなのだ。
この注意の向け方使い方で経験の度合いが変わるといっても良いくらいだ。
上の空での経験と、しっかりと注意を向けての経験では大きく違ってくる。印象も記憶としても。
時間を忘れて物事に没頭している時の私たちはとても集中の度合いが高いとも言える。イコール非常に深い経験をしていることと言える。時間を忘れて…のようなこの深い経験をすると心も充足される感じになる。
それはなぜかといえば、ある目的を果たしているからだ。
私たちがこの世界にいるからには何らかの意図や目的があって、いわばそれを達成させるために生きているのだ。
究極の目的は魂の成長。その成長は目的にそって経験していくことに依る。
つまり経験することは私たちの魂の目的だからだ。
その経験をより深くするために、注意力が必要なのだ。
注意力をいざ高めようと思っても、いったいどうしたら?ということになるかもしれない。
僕が思うに、緊張するなかで集中していくことは真の集中とは言えない。
集中とはリラックスの中にあるということ。「時間を忘れて…」というような経験をしている時の自分がどうだったか?といえば、緊張の中ではなくリラックスした中にいたことに気づくだろう。
ここで簡単にリラックスの方向に向かわせるエクササイズを紹介してみよう。
なーんだ。と思うかもしれないが、”深呼吸”をすること。”呼吸”することだ。
深呼吸して、リラックスして、注意を向ける。これが物事を深く味わう(経験する)方法だ。
これはある意味、ものごとを受け容れる姿勢ではないだろうか。
逆に息が詰まるような思いをしている時にはどうなのだろう…
抵抗、拒絶そんなフレーズが頭の中に浮かんでくる。
究極的なものの言い方をすると、魂の目的に向かうということは物事を受け容れて経験していくということになるのかもしれない。
(2003/08/18)
先日、機会あって光フォーラムという団体主催の講演会に行ってきた。お目当ては七田チャイルドアカデミーの七田眞先生の話だった。とても興味深い内容だったので少し皆さんにもシェアしたい思いでいるが、まず最初にこの講演会を主催した光フォーラムという団体につてもぜひ触れてみたいと思う。
”「戦わない殺さない文化」づくりをめざす。”と。僕はここに非常に惹かれた。
なぜなら、いま自分自身が子供と接していてどうも釈然としない気がかりなことがあったからだ。
それは、子供が見るTV番組や戦隊ヒーローものとか人気アニメのことだ。なにが釈然としないかといえば、どのストーリーもヒーローが悪者に最初は苦しめられて苦労するが、最後には悪者を力でねじ伏せやっつけてめでたしめでたしというようなながれでは?
うちの娘が大好きな「アン○ンマン」なんかが良い例ではないか。バイ○ンマンが非道徳的な悪さをして、誰かが困る、すると誰かの助けをキャッチしたアン○ンマンがどこからともなくやってきて、「こら、バイ○ンマン!ヤメロ!」と言う。それでもやめないバイ○ンマン。さらにバイ○ンマンの攻撃にアン○ンマンがやられてしまう。今度は仲間が協力してアン○ンマンを復活させるための新しい顔を替えるべく勇気を持って行動する。その勇気の行いが功を奏し、アン○ンマン復活。元気1○○倍になったアン○ンマンはバイ○ンマンを××パンチでぶっ飛ばす。はるか彼方に飛んでいくバイ○ンマン。
こんなストーリーが毎回のように繰り返される。
僕が釈然としないのは、それら悪者が自称善者であるヒーローの言うことを聞かなければ、そのヒーローは暴力をふるってねじ伏せても正当化されてしまうのだろうか?ということ。
悪者もなにか意図があって悪事をしているのだろうし、その悪事をやめさせる手段は暴力以外にもいくらでもあるのではないだろうか?
これでは、自分が正しいと信じることに見合わない行動をしている者は悪で、その悪は暴力を使ってでもねじ伏せてもいい。ということを正当化してしまうような考えがついてもおかしくないのでは?
大人の目から見れば「世の中はそんなに単純じゃないさ!」と切り捨てるだろう。
この手のストーリーの番組、ビデオソフトを今の子供達は繰り返し見ているのだ。
この繰り返しとかパターン化されたものを知らずに受け容れてしまうことが怖いのだ。
多くをためらいなく受け容れる純粋な子供だからこそ心配なのだ。
そして、「戦わない殺さない文化」というフレーズに出会った。僕がこうなってほしいと願う世界は「これだ!」と感じた。
講演会に先だって光フォーラムの発起人の方の話を聞けた。
「10数年前、新宿の地下道で大変な光景を見た。」という話から始まった。そしてこの続きは…
50〜60歳代のホームレスのおじさんの後頭部に若い青年が回し蹴りを喰らわせていた。そのおじさんは何が起こったのかまったく理解できなかったようでただただ震えて祈りの姿勢をしていたと…
この光景を見ていたこの発起人の氏は、涙を流しながら駆け寄っていったがその若者は不敵な笑みを残し逃げ去っていったということだった。氏は当時ゲーム業界の人だったので、ある思いが頭をよぎったそうである。この当時にゲームセンターやファミリーゲームで大流行だった、殴り合って強さを競う格闘ゲームの技そっくりだったということ。
この光景をしはよどんだ鉛色の世界と見た。こんな世界には住みたくないと。
そして氏は、人殺しや他人を痛めつけることがけして善ではない、戦わない殺さないのがあたりまえであり普通の世界であるという文化づくりは三つ子の魂の子供達からはじめなければということで、当時RPG(ロールプレイングゲーム)では異端な”もう勇者しないゲーム”「MOON」を創り上げたのだった。
こんな氏はさらにこう言う。いま流行しているRPG(たとえばドラ○ンクエスト)は、旅に出れば周りは至る所敵だらけで、敵をいかに多く殺して経験値を上げるかを目指す。そうしなければ旅を続けられない。旅を続けるためにより多く殺していく。
でも!本当の旅とは決してそんなことではない。知らない場所で土地の人に道を聞き優しさを知る。食事を出してくれたり、暖かなほほえみをくれるとか…
感謝したり温情を感じたりするのが旅の良さだったりはしないかと。
「知らない人を見たら怖い人だと思いなさい」と子供達に教えなければならない現状の世界は私たちが真に望んでいる世界ではない。だれだってこんなことを教えなくてもいい世界になったほうがいいはず。
これからは愛に満たされた世界づくりをしたいはずだ。
子供達が夢も希望もない世界をこれからつくるのか、希望の持てる世界にしていくかは私たち大人がデザインしなければならないことなのだ。
僕も本当にそう感じた。だから自分からできることをぜひやりたいと思っている。
七田眞先生の講演会から…
ある学校に手のつけようのないワルがいて先生も怖れて手を出せなかった。そこに他校から転任した先生が担任として就いたのだった。その先生が担任になってからもそのワルは行動を変えなかった。
そこで、その先生はそのワルとレッテルのつけられた生徒を呼んで話をしたそうだ。「なんで君はそんな悪いことばかりをするんだい?」するとその生徒は「それはみんなが俺のことを悪いヤツだと思っているからそうしているだけだ。みんながワルだと思っているから俺はそう演じてやっているんだ!」「俺のことをまともに見てくれる人なんていない!」と言ったそうだ。先生は「僕は君のことをそんな風に見ていないよ。一人の人間として尊敬して接するから本当の自分を見せてほしい。」と。「わかった」とその生徒は言ったそうだ。そのごその生徒は自分のことを尊敬してくれている人がいるんだ認めてくれている人がいるんだと自分の本当の姿を見せるようになり変わっていったのだそうだ。尊敬して接することで本来の姿を見せてくれるのだと。
その少年の行動はみんながワルだと決めつけていたその思いが創り上げた姿なのかもしれない。と私は感じた。
人と人との関係では尊敬して接するというのが本来の姿をだすもっとも良い方法だということ。
これは他人との関係だけでなく、親との間にも、子供との間にもわたることなのだ。
自分の子供に接する時にも、”こ・ど・も”なんだと自分が上から見下ろすような接し方をしている自分にもこれからは言い聞かせていこうと思う。
「暗いと不平を言うよりも、進んで明かりをつけましょう。」こんなフレーズがいまのこの世界から明るく平和で愛に満ちた世界に変えていく指針になると思う。
私たち一人一人が、明るく平和で愛に満ちた世界に変えていく行動をしていきたい。
(2003/07/31)
先々月の話になるけれど、「自分らしく生きる」と題した美輪明宏さんの講演会に行ってきた。わかりやすくとても実になる話で実際の自分の生活に役立ちそうなことも多く学んだ。
そして最近、美輪さんの著書である『ああ正負の法則』を読んで思うところあってこの文をしたためている。
正負の法則−−−この世はバランスの世界なのだそうだ。
陰と陽、男と女、プラスとマイナス、昼と夜、善と悪とかあげれば他にもまだまだあるのだろう・・・
また美輪さん曰く人間にも2タイプあり、それは魔界人と天界人。この地球、この世はこの両者のせめぎ合いの場であるらしい。つまりこの世はバランスの世界ということだ。愛に基づいた行いをする人のいる一方で、凄惨な殺人事件や世の中を震撼させるような凶悪事件が起こっている。日本のこの世の中で起こっていることを見てみれば、だんだん暗くまた怖い面が際だってきているような感じはしないだろうか。
報道では殺人事件やその他の事件、ものの問題点を指摘するものばかりがやけに多くはないだろうか?こんな時にはせめてもの明るい話題がほしいものだ。そうでなければ人の気持ちは暗く悲しい方向に向いてしまいがちになるのかも。いや実際にそうかもしれない。
だからバランスなのだ。でも、「あごひげアザラシのタマちゃんがひなたぼっこをしている」なんて報道がされれば、こんな平和ボケした日本でいいのか!なんて声も聞こえてくる。バランスということを考えればこういうニュースもあって良いのではと思えてくる。
先にでてきた「魔界人」と「天界人」。はたして自分自身はどっちなのだろう?
また自分自身の中のもこの両面があって、そのせめぎ合いも自分の内面で起きていることなのではないか?
怒り、憎しみ、妬み、そねみ…人の中にこれらの要素が見えたら自分はその逆をしようと反面教師にしてみるといい。
わたしたちは自分自身の中でも、また社会の中でもバランスを保つようにしていけばいいのだ。
美輪さんの言う、この世はバランスの世界であり全てが正負のバランスを保とうとしているという法則。どっちかに偏れば、この世界にいる意味がなくなる。善人過ぎてもバランスが取れなくて天(界)に召されてしまう。悪人過ぎてもバランスが崩れて地獄の道から帰れなくなる。つまりこのバランスの世には存在できなくなる。
なんだかだんだん難しくなってきたけれど、自分の見る世界は内なる自分の投影なのだ。世界が暗く見えたら、自分が明るくすればいいということなのだろうか。
(2003/07/21)
(出逢い)
あの日は昭和57年8月20日木曜日、真夏の日差しの照りつけるとても暑い日だったね。いまから21年前の夏休み中のこと、僕は14歳。中学1年生で部活の練習を終え家へと帰る道すがら、子供がキャッキャと叫ぶ声に混じって、「ミャーミャー」となく子猫の声を聴いた。ん?どうしたんだろう…と近くに行ってみてみると、透明の大きなビニール袋に入れられた5〜6匹の子猫が大声でないていた。子供達に猫たちをいじめないように言い、こんな炎天下でビニールの中に入れられて放っておいたら死んでしまうとかわいそうなので、とりあえず袋から出してあげ、頭の中では家に連れて行ってあげたいけれど、連れて行ったら怒られるんだろうな…などとおもいつつその場をあとにした。
家に帰ると、5歳年下の弟が一人で居た。「さっきさぁ、帰り道で子猫が捨てられていて、それもビニール袋に入れて捨ててあったんだ。」「袋からは出しておいたんだけど、今頃どうなっているんだか…」というような話を弟にした。
すると特に猫好き(我が家は母兄弟ともみんな猫が好きだったんです。)の弟はいてもたってもいられない感じで、「じゃ見に行ってくるよ!」「場所がわからないから一緒に行って!」と。
僕の頭の中には、こりゃ弟が家に連れて帰ることになるな…なんて思っていた。
さて、さっきまで子供達が騒ぎ、子猫の声の響き渡っていたその場所は、閑散としていた。道には子供の影すらなく、透明のビニール袋が風に動かされていた。「あれぇ?いなくなっちゃったね。さっきまでは5〜6匹いたんだけど…」
残念そうにしている弟をよこめに、周囲のあちらこちらを探していると、突然「ミャーミャー」と精一杯の力でなく声を聴いた。どこだぁ?すると、民家の玄関口へ上がるために置いてあるL字型コンクリートの裏側に1匹だけいたのだった。弟は一目散に駆け寄り、子猫の小さな身体を抱き上げてTシャツの中に入れた。さぁこれからが大変。子猫を連れて家に帰るんだけど、子猫の鳴き声たるや手のひらにのるくらい小さなからだとは思えないくらいにすごかったのだ。
弟と2人で駆け足で帰った。
あらためて、家に連れて帰ってみると、本当に生後数日しか経っていないようだった。まだ歩けないし、オシッコやウンチも自分ではできない。(ちなみに小さいうちの子猫は親猫にオシリを舐めてもらったりしてその刺激で排泄するんです。)
出かけていた母が帰ってきたら、「面倒見られないからダメ!」「インコがいるから今は猫はダメ!」と言われるのが目に見えていた。そして、その時外は夕立ですごい量の雨が降っていた。
母が帰ってくると、案の定…だった。でも僕らはねばった。「こんな雨の中外に出したら死んじゃうよ。」
猫好きの母ですから、じゃぁ雨が止むまで家においてあげようということに。
しかし雨は止まなかった。台風が来たのだ。
こうして外に出すきっかけがなくなって、猫好きの家族ですから、とうぜん子猫に愛着も湧いてくる。こうして子猫は我が家に飼われることとなった。本当に小さかった。安易な展開だが「チビ」と名付けた。
(共に暮らした日々)
子猫用の粉ミルクを買って、子猫用のほ乳用乳首をかって飲ませたり、ガーゼでオシリを刺激して排泄させたり。子供の頃から猫を多く飼ってきた母はいろいろ知っていた。
チビは日々成長していった。そしてすでに家族の一員となっていた。
その後我が家には、チビの他にもだんだんと猫たちが増えていったのであった。
猫にもそれぞれ性格があり、そんな家族達との暮らしは平穏なものだった。
チビは病気らしい病気もあまりすることなく元気に過ごしていた。そんなチビの性格は、あまり他の猫たちとは連まない、どちらかといえば一匹狼的な感じだった。
そのうちチビは他の猫たちと一緒にいることが嫌なようで、僕の部屋で暮らすようになった。その後、部屋をかえたり、家を建て替えたりしても、チビはなぜかいつでも僕の部屋に居着いた。
こんなチビとの日々は、まさに同居生活。
嬉しい楽しいことも、悲しかったこと、辛かったことも一緒に体験してきた。
八つ当たりもした。おまえなんか出て行けと部屋から追い出したこともあった。
それでもチビは僕の部屋の戸を一生懸命に開けて入ってこようとした。そして入れてあげた。
そうするとチビは嬉しくてね、精一杯の表現なのだろう、ゴロゴロのどを鳴らして寄ってきて顔を舐めてくれた。
僕もチビが好きだったし、チビも僕のことが好きだった。
こうして僕は中学、高校、大学とチビと同じ部屋で過ごした。その間には彼女も何人かできて、僕の部屋に連れてくることもあった。
ヤキモチ焼きのチビは自分以外の女性?に僕が目を向けるのがいやだったらしく、その僕の彼女らほぼ全員が、ひっかき傷をつくるという被害にあった。(笑)
(しばしの別居生活)
そんな僕も就職してまぁまぁ充実した日々を送っていた。就職2年目のある日僕は家を出た。
その当時真剣に結婚までを考えていた彼女と破局し、何もかも嫌になっていた。その彼女とも思い出深いその部屋は、彼女を失った当時の自分にはそこの空気を吸うことさえ苦痛だった。
こうして僕の一人暮らしが始まった。この時チビはそのまま部屋に置いていった。
そして、荒んだ気持ちの生活をしていた自分の現れか、僕と家族の間には心の溝ができていった。
仕事が休みの土日どちらかの日には、僕は車をとばしてチビに会いに行った。
家族には顔も合わせないでチビにだけ会いに行ったこともあった。
こうして、チビにとっては週に一度の僕を待つだけの生活が始まった。
実家の僕の部屋は1階で、道路に面した場所にあり、外から玄関を経由せず直接部屋に入れた。また部屋の出窓からは道路の様子が一望できた。
母の話によると、チビは僕が家を出て行ってからというもの、いつも出窓のところに座り外を見ていたという。来る日も来る日も僕が来るのを待って。
チビはもうそんな暮らしをずいぶんしていたので、僕の車のエンジン音さえも覚えていて、僕が家から少し離れたところに車を停めるもうそれで、僕が来ることを予見してうれしさのあまりあっちへウロウロ、こっちへウロウロ。爪を研いだり、出窓に駆け上がったり降りたりしていたそうで…
僕はこうして週一回、チビに会いに行った。こんな日々が、7〜8年間続いた。
(近くでの生活)
父が亡くなった後、実家の家を建て替えることになった。
僕が現在暮らしている家は母の実家の敷地内にある家。そして、母は数匹の猫たちと共に、自分の実家に移ってきた。とうぜんチビも一緒に。
こうして、同じ屋根の下ではないが同じ場所に再びチビと暮らすことになった。母は他の猫たちも一緒に愛情深く面倒をみている。
こんどは毎日チビの顔を見に、隣の母の暮らす家を訪ねた。
この時のチビの年齢は15〜16歳。猫の歳ではかなりの高齢になった。
健康だったチビも時々調子悪くなったりもした。
僕は31の年に結婚したのだが、その結婚式数日前からチビは調子を崩していて、とくに式当日は命も危ういような状態で、僕としては式の最中もとても気がかりでいたし、早く帰りたいと思っていた。ですから、式の後には夫婦でゆっくりとかそんなことないまま家へと一目散で帰った。
その後チビも持ち直し、結婚しても、僕に子供ができても、ほぼ毎日隣家のチビに会いに行った。そのうち、うちの子供も一緒にチビのもとを毎日訪ねるようになった。僕と娘の食後の日課になった。
いまから4年前くらいから、チビはめっきりと弱ってだんだん痩せていった。腰を痛めたことをきっかけに思うように歩けなくなったが、チビはチビなりに一生懸命に歩く訓練をしていた。そうしている日々はすぎ、やはり高齢ということもあり食が細くなって、自分では食べられなくなっていった。母は動物病院や知り合いから情報を得て、少量でも栄養価の高い高カロリーの食事を与えるようになった。それも、自分では食べられないので、注射器容器にエサを詰めて直接口に入れて与えるというとんでもなく手間も時間もかかる作業を日に何度も小分けにしてやっていた。さらに水も自分からは飲めなくなり、ほ乳瓶で水を与えた。こうしてもうここ数年はチビ中心の生活が続いていた。母はもう本当に献身的にやってくれていた。動物病院の先生や母の友人達は母のことを誰もが本当にすごい!といっていた。
また、チビは便秘で便が出なくなって、便を出しに動物病院へ通うこととなったのだが、医者の出す薬も効果がなく困っていた。医者は諦めたようなことを言う。しかし母は諦めなかった。近くにある漢方薬局に相談して漢方薬を調剤してもらい
見事に便秘を解消させた。
そうした献身的な母にこたえるようにチビは一生懸命に食べ、懸命に歩こうとした。本当に頑張る姿をみんなに見せてくれていた。
こうしてこのような日々が続き数年が経っていった。
もうすでにチビは目が見えなくなっていたようだ。
数ヶ月前から、脳のなんらかの要因で眼振という症状(眼球が左右に揺れてしまう)が出てきて、チビは立ち上がれなくなった。この症状は目が回る状態で気分も相当悪いということで可哀相だからと、動物病院の医師からは安楽死まで勧められたという。母は長年共に暮らしてきてそんな別れはしたくないと、他の獣医さんに相談したりした。何回か試行錯誤しながら薬を試し、たまたま合う薬が見つかって、眼振の症状は治まった。その後もおさまったりはじまったりを繰り返した。
最近ここ数日は落ち着いているように見えた。
6月29日いつものように娘とチビの下を訪れ、「じゃぁチビ、また明日元気で合おうね!」といって自分の家に戻った。
午後11時過ぎ、母から電話があり、「なんだかチビの息づかいがおかしいようなんだけど…」と。すぐに駆けつけた。やはり息づかいが変だ。ぐったりしているようだし。
「チビがんばって!」と二人で声をかけ励ました。しばらく抱いていて落ち着いたようだった。すでに深夜1時を過ぎていた。「明日もあることだから寝なさいよ。チビは私がみてるから」と母。そして家に戻った。
寝付けないまま布団に入っていると今度は2時過ぎに「もうダメかもしれない。血の塊のようなものを吐いちゃったの。」と母からの電話があった。またすぐに駆けつけた。
チビは苦しそうな息をしていた。撫でたりしていたがおさまらず、再び吐きそうになり、喉に詰まってはいけないと起こしてあげた。また血混じりのものを吐いた。それがチビにとっては最後の精一杯の残りの力だったのだろう。胸に抱いてあげた。そのまま息を引き取ってしまった。平成15年6月30日3時19分永眠。チビ21歳10ヶ月10日の一生の終わった最後の瞬間だった。
人間の年で言えば104〜105歳だそうだ。
そのとき僕は不思議と涙が出なかった。
しかしいまこうしてチビとの思い出を振り返ってる時に涙があふれ止まらない。
いろいろな思い出が次から次へと頭の中に浮かぶ。
はじめてチビに逢ったのは暑い日だったね。
ラーメンも好きだったっけ。ハムとかチーズもね。ビールやお酒なんかも飲んだよね。
暑い日も寒い日も、辛かった時も楽しかった時も一緒に過ごしたあの部屋。
僕が落ち込んでいる時には、気持ちを察してやさしく舐めてくれたね。
寒い日は一緒のベッドで寝たね。
そうそう、ちゃんとトイレで用を足したし、下後は自分で水を流したんだよね。エライ!と褒めてあげたよね。
あの時は待つだけの寂しい思いをさせてゴメンね。
僕のことを好きでいてくれてありがとう。
最後まで頑張る姿をみせてくれてありがとう。
長い間ありがとう。お疲れ様。どうか安らかに。
僕の人生の半分以上を共に過ごしてきたチビ。
猫といったって家族と同じ。22年もの付き合いだったんだもの。
あの時僕は14歳、母は40歳。チビと暮らした22年、ずいぶんと時は経ったようだ。
僕の思春期、青年期と過ごし、今や妻や子供もいる。
ほんとうに長い間の付き合いだったんだ。
ある人はたかが猫一匹が死んだだけ。と思う人もいるだろう。
最近私の住む東京板橋区の公園で頭にボウガンの矢が刺さり頭蓋骨を貫き脳にまで達する負傷をした猫が発見された。僕と同じ人間のしたことなんだけど狂気の沙汰だよ。
動物愛護に関する法や条例などもできているこの頃ではあるけれど、そんな法をつくって取り締まらなければならないことが悲しいことだよね。
『一寸の虫にも五分(ごぶ)の魂(たましい)』
どんなに小さく弱い者でも、それ相応な思慮や意地を持っているものだということ。
人は勝手に強い存在だと思いこみ、傲り高ぶっては好き勝手な事をしていないか。
弱者を情け容赦なく切り捨てるくせに、都合の良い時ばかり自分を弱者にして救済しろと叫ぶ。
自分の都合しか考えない行動。そんな行いをしていることに気づかなければならない。こう書いている自分自身にも多分に言えることなのだけど。
近くの公園には猫が捨てられて、そこで暮らしている。
長年飼っていた猫も、引っ越し先は新築で綺麗な部屋なので、だから猫は邪魔になったと平気でそんなことを言い置き去りにし捨てていく人もいるそうだ。
猫の気持ちやその後は考えてあげられないのだろうか?
私は子供の頃からさまざま動物と共に生活してきて、考えや経験もそれにそってきている。
こういう事にはとても敏感になるし、心が痛くなる。
最近の子を持つ親の中には動物などを毛嫌いし、子供に寄せ付けないようにしている人も少なくないと聞く。
そんな家の子供は、ただ子犬が遊びたくて近づいてくるだけなのに大泣きしたりしている。
その飼い主にもの凄い形相でにらみつける母親。
もちろん人には好き嫌いがあるのでしょうがないことなのだが、自分の子供のことを幅広く考えた場合、私としては子供のうちの動物とのふれ合いや、動物が死ぬことを見ることでの死の意味を考えることなど。
さまざまな大切な要素があるのではないかと思っている。
私は、このような家に暮らしてきて良かったと思っているし、うちの娘にとっても貴重な経験となり良いことだと思っている。
特に猫や動物に愛情深い母にはいまさらながら感謝したい思いだ。
チビの一生と、共に過ごした日々を思いながら…書き記したいと心に強く思いました。
平成15年7月1日 哲学堂動物霊園にて荼毘にふされました。
チビが亡くなった時、その知らせを聞いた母の多くの友人達はお線香をあげに来てくれました。
幸せな猫だったなと、こころから思うし、チビに対してはやり残したことはない悔いのない接し方をしてきたことである意味満足感があります。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
合掌
(2003/07/02)